
東京国立近代美術館で開催された「杉本博司 絶滅写真」展は、これまでの杉本の代表的な写真作品を概観できる画期的な企画展だった。私は、改めて杉本博司の写真の魅力を再発見した。
それは一言で言うと、彼の作品には美術館の壁に掛けられた目に見える写真だけでなく、そこに映し出されていない何かまでが映し出されているように感じられるということだ。先回りして言えば、彼の作品には、時間と、その堆積である歴史と、さらに時間を生み出す生命や時間を超越した精霊や気韻などが映し出されていると思う。これについて少し考えてみたい。
職業写真家から現代美術作家へ
写真は目の前にある光を捉えて感光紙に定着させることを基本とする。その意味で写真は瞬間の芸術であり、空間の芸術であり、光の芸術である。杉本博司は、1970年代に渡米して写真技術を学んだ後、職業写真家となるか写真を軸とした現代美術作家となるか考え、最終的に現代美術作家となる道を選択したそうだ。
当時、写真芸術と言えば、うつくしい風景やポートレートを撮ったり、一瞬の風景を切り取ったりすることが主流だった。まさに瞬間の芸術、空間の芸術、光の芸術だった訳だが、杉本博司は現代美術作家になることを選択した際、この考え方に疑問を呈することでそのキャリアをスタートさせる。杉本の思考を端的に表す言葉がある。
絵と写真の違い、それは絵筆が手の延長である道具なのに対して、写真は写真機という機械であり、道具というよりは人の意識の延長ではないか(中略)。それは記憶の定着、時間の凍結、カメラは時間を止める装置なのだ。ならば時間を止めずに放置したならばどうだろう。「天邪鬼的逆説思考」とでも言うのだろうか。現代美術とは非常識でなければならない(後略)
(杉本博史「『盲いるような』眩しさの記憶ー初期三部作について」)
かくして「職業写真家」杉本は「現代美術作家」杉本に変容し、初期の三部作をスタートさせる。そこに映し出されるのは、写真という機械を使いながらも、職業写真家では撮影することができない何か、言い換えれば意識の延長である写真という機械にしか取り出せない何かである。
生命を写すこと
杉本が最初に試みたのはニューヨークにある自然史博物館のジオラマを撮影する「ジオラマ」シリーズである。
シロクマからゴリラ、さらには原人やネアンデルタール人に至るまで、作り物のジオラマをそのまま撮影しただけなのに、まるで生きているように感じられるシリーズ。そこにはまさに生命が感じられる。それはもちろん高度な写真技術を駆使してつくられた虚構である。しかし人間という生物の視覚機構はそこに生命を感知してしまう。これを写真という機械を使って起動させてしまうこと。そこに杉本のアーチストとしての戦略があった。

この試みは、その後、マダム・タッソー蝋人形館の蝋人形を撮影した「肖像」シリーズに引き継がれるだろう。
昭和天皇からナポレオン、あるいはダイアナ妃に至るまで、やはりそこには生きた人間を撮影したかのようなリアリティがある。写真が発明された当時、そのリアルさに驚いた人々が写真には魂を抜き取る力があると恐れたというけれど、杉本はまさに「肖像」シリーズを通じて、故人の魂を召喚し、作品に封じ込めたかのようだ。

「ダイアナ、プリンセス・オブ・ウェールズ」
時間の持続・堆積を写すこと
「ジオラマ」シリーズに続く「劇場」シリーズで、杉本は「一瞬」ではない「時間の持続」の撮影を試みる。
それは、映画作品一本を劇場で上映し、これをシャッター開きっぱなしのまま長時間露光で捉えた作品群である。一見すると、その作品には何も写されていない白く輝くスクリーンと、淡く光の当たった劇場空間が映し出されているだけに見える。しかし、そこには静謐であると同時に濃密でもある不思議な感覚がある。それはおそらく作品の中に、フィルム一本分の「時間の持続」が写し込まれているからだ。

さらに杉本は、この劇場シリーズの舞台を廃墟となった映画館に移すことで、「時間の持続」に「過去」を召喚する。
劇場シリーズは、もともと使われなくなった昔の映画館での映画上映を撮影したものだったので、そこには「時間の持続」と共に「時間の堆積」も写されていたはずだが、廃墟となった映画館に舞台を移すことで、これがより明確となった。写真は、一瞬切り取られた時間だけでなく、「時間の持続」や「時間の堆積」も撮影することができるのだ。

さらにこの試みは「海景」シリーズへと展開していく。
世界各地の海面を長時間露光で撮影したこのシリーズは、ただ海面と水平線が映し出されているだけだ。しかし、異なる場所と異なる時間で撮影され、様々な表情を見せる写真に取り囲まれると不思議な感覚に捕らわれる。まさに悠久の時間の中にあるという感覚。それは、生命の源となった海を見ることによって、自分の血の中にも脈々と引き継がれている生命の長い歴史をが呼び覚まされるからだろう。ここにもまた、「生命の連環」という別の時間の流れが息づいている。

この世ならざるものへ
ところで、杉本は「海景」シリーズを始める際の不思議なエピソードについて語っている。
当時、杉本はアメリカ永住権申請のために一時帰国し、日本の滝への巡礼の旅を行ったそうだ。その背景には、鈴木大拙が提唱した日本的霊性を自分なりに理解したいという想いがあった。杉本は旅の最後に那智の滝を訪れ、さらにその上流にある二の滝へと至る。その時、突然眺望が開けて海を一望することが出来、「海景」シリーズのアイディアが浮かんだという。
おそらくこのエピソードは、「海景」シリーズの始まりだけでなく、杉本のスピリチャルなものの探求の始まりをも伝えているように感じられる。実際、杉本がその巡礼の旅の途中で撮影した「華厳の滝」という作品には、何かが写し込まれているような感覚がある。杉本自身の言葉を引用しておこう。
華厳の滝は崇高だ、見たら拝まざるを得ない畏怖に満ちている。縄文時代のいつの頃か、初めてこの滝を見た人間はびっくりし、畏み畏みひれ伏したに違いない。この国の宗教感の原初だ。私はその昔、男体山が噴火し、溶岩が川を堰き止め、湖ができ、滝が落ち始めたそんな時に立ち会っているような、そんな気がした。そしてその気韻は私の暗箱に宿ったように思えた。
このように写真は、目に見えないものまでも映し出すことができる。心霊写真をでっち上げなくても、そこに精霊や気韻や何ものかの生動を写し込むことは可能なのだ。

これを代表する杉本のシリーズが「放電場」シリーズである。
杉本によれば、このシリーズの出発点は、生命が稲妻によって誕生したという理論だそうだ。写真を通じてその現場に立ち会ってみたいという思いからこのシリーズは始められた。やがてこのシリーズは稲妻自体の造形への驚きに変わり、遂には写真の中に不思議な存在まで呼び寄せてしまうことになる。それは精霊だろうか?それとも宇宙的な意識の顕現だろうか?余談だけど、このシリーズが初めて発表された2006年の個展のオープニングは、雷鳴の轟く大雨に見舞われたとのこと。作品に映し出された何かの力を感じさせるエピソードだ。

さらなる探求
このように見てくると、一見、互いに関係がないように思われる杉本の作品シリーズの根底には、一貫した思考が働いているのが分かる。それは、「目に見えないものをいかにフィルムに定着させるか」ということである。
例えば、人間の脳内にしか存在しない数学的観念をいかに具象化するかという思考から生み出された、明治時代の数理模型を撮影した「観念の形」シリーズ。あるいは、この世界に偏在する光の無限のうつろいをフィルムに定着させようとする「Opticks」シリーズ。そこに写し込まれているのは、ニュートンの分光器が明らかにした色彩論とは裏腹に、光は無限の階調を持っており、色彩に還元されないという事実である。さらに、近年の「陰翳礼賛」シリーズでは、蝋燭一本が消えるまでの時間を長時間露光で撮影することで、光ではなく「暗闇を撮影する」という考えてみれば不可能とも思える試みもなされている。



多分、杉本は、写真という機械を通じて、この時空の瞬間、空間、光に還元されないある超越的なものにどのように至れるのかを探求し続けているのだろう。それは、例えば、宗教施設でありながらアート作品でもある直島の「護王神社」や、彼が近年取り組んでいる江之浦測候所への春日大社の御霊分けなどにも現れているし、京セラ美術館で開催された「瑠璃の浄土」に展示された様々な硝子五輪塔、さらには彼が収集している膨大な化石や仏像などからも伺うことができる。

1970年代に職業写真家ではなく現代美術作家としてのキャリアを選択した杉本博史。そのキャリアの先に見つめるのは、スピリチャルな世界なのかもしれない。

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