2020年 洋画ベストテン(ビデオ篇)
ジョン・フォード監督の作品を挙げていくだけでベストテンが埋まってしまうかもしれないけれど、その中でも深く感動した一本。西部の小さな町で展開されるささやかな事件を綴った映画。でもそれは、音楽とアクションに満ち、人びとの暮らしが息づき、そして時代の転換と共に失われてゆくものへの深い喪失感と哀惜の念が感じられる世界である。映画でこんなこともできるのか、と目を見開かされた傑作。
イングリッド・バーグマンのハリウッド復帰記念作。もしかしたらロシア皇帝ニコライ2世の皇女かもしれない記憶喪失の女をバーグマンが好演しています。ロシア王室を巡るユル・ブリナーとの恋物語のように見えながら、この映画ではダブル・バインドとも言うべきアイデンティティの葛藤と記憶の混乱を巡る物語が語られていきます。その緊迫したドラマにただ圧倒されました。
3位 オットー・プレミンジャー監督「バニー・レイクは行方不明」(1965年)
タイトルの通り、失踪した幼女を巡るサスペンス。最初は迷子かと思われたのが、誘拐事件の疑惑が高まり、さらにもしかしたらそんな幼女は最初からいなかったのではないか・・・という疑惑へと移っていく。そのサスペンスの高まりを、不安感あふれる映像と奇妙な登場人物を通じて描いていく。狂気に満ちた結末に至るまで、一瞬たりとも息をつくことが出来ない傑作でした。
「追想」とあわせて、イングリッド・バーグマンの魅力を再発見させてくれた作品。ある殺人事件を巡って物語は展開していくけれど、謎解き以上に、心理的に追い詰められていくバーグマンの姿が素晴らしい。これもまた、記憶の混乱を巡る物語であり、今風に言えばマインド・コントロールの物語。俳優の演技だけでなく、霧深い夜のロンドンの街並みや階上を行き来する何者かの足音、何もしないのに点滅し始めるガス燈などが不安感を高めていく。サイコ・スリラーの傑作。
5位 ダグラス・サーク監督「愛する時と死する時」(1958年)
今年は、この作品と「アパッチの怒り」を通じてダグラス・サーク監督の魅力を再発見した年だった。メロドラマの巨匠としてリスペクトされているサーク監督だけど、そのメロドラマには複雑なアイデンティティの葛藤があり、さらに超えがたい社会的溝がある。これを映画的魅力としか言いようのない視覚的表現によって提示するサーク監督の鮮やかな演出に、ただもう魅せられてしまう。第二次世界大戦下、徹底的な爆撃で破壊されたドイツの街で出会う男女の物語は、その壮絶な破壊の風景と周到に張り巡らされたナチスの監視の目によって、通俗的なメロドラマを超えたメッセージ豊かな作品となっている。
6位 デビッド・リンチ監督「マルホランド・ドライブ」(2001年)
久しぶりに「デューン砂の惑星」を見直して改めてデビッド・リンチ監督の魅力を見直し、これまで敬遠していた「マルホランド・ドライブ」を観た。映画史上、もっとも謎めいた作品として多くの人がはまった作品。デビッド・リンチ監督はこういう悪夢のような迷宮世界を描かせたら絶品だと改めて実感。入れ子構造になった世界の中で、箱の中にもう一つの世界が展開する時、それはそのまま現実世界のメタファーではないかと気づく時の恐怖がすごい。
7位 ジョン・カーペンター監督「マウス・オブ・マッドネス」(1994年)
傑作の誉れ高いこの作品をようやく観ることが出来た。やはり噂に違わない傑作。われわれ凡人の想像力をはるかに凌駕するすごい作品だった。あるホラー小説の行方を追及している主人公が、気づいたらその小説の中の登場人物の1人となっており、さらにそこから脱出しようともがくうちに現実世界自体がホラー小説に浸食されているというメタ・フィクション。これを決してスペクタクルに走ることのない映像の積み重ねで見せていくカーペンター監督の手腕は見事と言うしかない。
8位 ピーター・ジャクソン監督「キング・コング」(2005年)
映画小僧ピーター・ジャクソンが子供の頃の夢を実現させた「キング・コング」の3度目のリメイク。3時間以上という長さをまったく感じさせない映画愛にあふれる作品であり、最新の特撮技術をつぎ込んだ圧倒的なビジュアルでも魅せますが、何よりもこの映画の魅力はナオミ・ワッツとキング・コングの心の交流。まさか怪獣映画で、こんな風に二つの孤独な魂が触れあう瞬間を描くことが出来るなんて。。。ただもう感動しました。
9位 フランコ・ゼフィレッリ監督「ロミオとジュリエット」(1968年)
オリビア・ハッセーの美しさもニーノ・ロータの甘美な主題歌も知っているから観た気になっていたけれど、実際に観てみるとこれがいかにすごい傑作かということを実感した作品。改めて、自分の映画的無知を反省し、とにかく機会があればどんな作品でも観ることにしようと決意を新たにした。それほどに、巨匠フランコ・ゼフィレッリ監督の演出は鮮やかである。イタリア・オペラの壮大な演出手法を踏まえつつ、そこに映画的としか言いようのない運動性とカット割りを導入する。こんな贅沢で豊穣な世界を知らなかったことにただただ恥じ入った傑作。
10位 ダミアーノ・ダミアーニ監督「群盗荒野を裂く」(1966年)
血と暴力と裏切りと残虐に満ちた典型的なマカロニ・ウェスタンでありながら、そこに政治や友情や階級闘争を持ち込むことでメッセージ性あふれる作品に仕上がっている。ダミアーノ・ダミアーニ監督はネオ・リアリズモの影響を受けた社会派サスペンス映画で知られ、アルベルト・モラヴィアの「倦怠」や「後退」を映画化した知識人だから、ただのマカロニ・ウェスタンで終わるわけがない。マカロニ・ウェスタンというB級ジャンルの豊かな可能性を再認識させてくれる傑作。
追記
これ以外にも、知られざる傑作や魅力を再発見した名作は数え切れない。タイトルだけでも挙げていけば、ジョン・フォード監督「3人の名付け親」、同監督「捜索者」、ヘンリー・キング監督「慕情」、同監督「拳銃王」、バッド・ベティカー監督「7人の無頼漢」、テイラー・ハックフォード監督「愛と青春の旅だち」、テレンス・ヤング監督「夜の訪問者」、ドン・シーゲル監督「刑事マディガン」、同監督「ラスト・シューティスト」、フィルダー・クック監督「テキサスの5人の仲間」、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督「舞踏会の手帖」、スティーブン・スピルバーグ監督「シンドラーのリスト」、ラオール・ウォルシュ監督「遠い喇叭」、セルジオ・コルブッチ監督「ミネソタ無頼」、ルネ・クレール監督「巴里の屋根の下」、ロン・ハワード監督「遙かなる大地へ」、ローレンス・カスダン監督「ワイアット・アープ」、リチャード・フライシャー監督「バラバ」、ブレイク・エドワーズ監督「ティファニーで朝食を」、ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督「大脱獄」、クリント・イーストウッド監督「ペイル・ライダー」、同監督「パーフェクト・ワールド」等々である。
その多くは、BSシネマの放映のおかげで「(再)発見」することが出来た。BSシネマのプロデューサーたちの確かな映画史的知識に裏打ちされた選択眼にはいつも頭が下がる。時に仕掛けられるた映画的たくらみに快哉を叫ぶことも含めて楽しませてもらっています。やはり公共放送はこうでなければね。これからも映画史の再発掘作業を続けていってください!