2020年 邦画・アジア映画ベストテン(劇場篇)

1位 諏訪敦彦監督「風の電話

2020年は、大著「誰も必要としてないかもしれない、映画の可能性のために」が出版され、新作「風の電話」も公開されて、諏訪敦彦監督のファンにとってはうれしい1年となった。諏訪監督の作品も方法論も、もっと知られるべきだと思う。日本とフランスを舞台に展開される彼の孤高の営みは、映画という形式を根本的に書き換える可能性を持っている。「風の電話」も、単に東日本大震災の記憶を描いた作品としてだけでなく、映画という表現形態が持つ豊かさを切り拓いた作品として評価されるべきだろう。主演のモトーラ世理奈の好演も含めて豊穣すぎる映画的時間を体験させてくれた奇跡的な作品。

2位 ビー・ガン監督「ロング・デイズ・ジャーニー:この世の涯へ」

2020年はまた、ビー・ガンという新たな才能が日本に紹介された記念すべき年でもある。タルコフスキーやウォン・カーウェイやホウ・シャオシェンなどの映画的レジェンドの記憶を濃厚にたたえつつ、その常軌を逸した60分間の3D長回しも含めてまったくオリジナルな映像世界を創り出したこの若き才能の新作にはただ圧倒された。早くも次の作品が待ち遠しい監督の誕生をまずは歓迎したい。

3位 チャン・リュル監督「慶州 ヒョンとユニ」

2014年の作品でしかも公開は2019年だけど、劇場で観たのは2020年と言うことでむりやりベストテンに入れる。チャン・リュル監督の作品はなかなか観る機会がないけれど、1度観たらその不思議な世界の魅力の虜になってしまう。ジム・ジャームッシュ監督にも似たオフビート感覚。とりたてて大きな事件もなく淡々と流れる時間がただ心地よく、気づいたら日常から少し離れた世界に連れ去られてしまう。そこに垣間見えるのは、死者と生者が時を超えて共存する不思議な世界。ぜひどこかで特集上映してほしい!

4位 外山文治監督「ソワレ」

ほとんど話題にならなかったけれど、日本映画界で今年最大の収穫の一つ。作品の完成度の高さだけでなく、クラウドファンディングで資金を集め、さらに小泉今日子さんたちが立ち上げた新世界合同会社の第1回プロデュース作品という点でも画期的だった。若い男女の逃避行の物語だけど、「道成寺」伝説が召喚され、異界のモノたちが映し出されて現実と幻想の境界が溶けていく。さらに、グリフィスの「散りゆく花」のあの映画史的記憶が反復される時、この映画はある種の神話性をまとうだろう。ぜひ多くの人に観てほしい傑作である。

5位 ポン・ジュノ監督「パラサイトー半地下の家族」

「吠える犬は噛まない」以来のファンとして、まずはこの作品がアカデミー賞の外国語映画賞ではなく作品賞、監督賞、脚本賞を受賞して国際的に認められたことを祝福したい。日本でも大きな話題になった。ただし、この映画の魅力は、「有識者」たちが訳知り顔に語る「韓国社会の深刻な格差の問題」に光を当てた点ではなく、ポン・ジュノ監督が過去の作品で培ってきた映画的細部の魅力が隅々にまで張り巡らされている点にあることを忘れてはならない。この作品は、過去のポン・ジュノ監督作品と密やかに共鳴しつつ、その地平を新たに広げた点で圧倒的な映画的喜びに満ちているのである。

6位 黒沢清監督「スパイの妻」

「ドレミファ娘の血は騒ぐ」以来のファンとして、黒沢清監督の新作がヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞を受賞したことを祝福したい。改めて、世界の黒澤が日本でも大きく取り上げられた。NHKがBS8Kで制作したテレビドラマを劇場版として公開するという形態も、日本映画の新たな映画制作の可能性を開拓した。映画内映画の映像の禍々しさ、謎めいた人物、荒廃した建物や倉庫、黙示録的な終末世界のビジョン・・・黒澤的アイテムに満ちた世界の中で、俳優たちが劇的な台詞回しによって独自の世界を構築する。脚本に濱口竜介がはいったことで、黒沢監督は新たな世界を切り拓いたようだ。

7位 大林宣彦監督「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」

今年亡くなった大林監督の遺作であり、大林監督と大林組の集大成かつラスト・メッセージ。映画という表現形態の可能性を極限まで追求しながら、エンタテイメント性あふれる作品に仕上がっているという奇跡的な作品。「僕たちはもしかしたら戦前を生きているのかもしれない」という大林監督の危機感がひしひしと伝わってくる。日本という枠組みを遙かに超えた偉大な映像作家の圧倒的なイメージの奔流に身を任せつつ、巨大な権力に対峙するために想像力を駆使して死者たちを召喚するという大林監督の方法論に思いを馳せる。映画の力を改めて感じさせてくれる傑作。

8位 ディアナ・イーナン監督「鵞鳥湖の夜」

ビー・ガン監督と共に、中国の新たな才能として注目されるディアナ・イーナン監督の新作は、前作「薄氷の殺人」と打って変わって南方地方を舞台に色彩豊かなフィルム・ノワール。強烈な暴力、謎めいた女、犯罪集団と警察の包囲網をかいくぐって妻の元に向かう男・・・。見応えのあるドラマで、印象的なカットが続く。独特の映像美によって中国映画の新たな地平を切り拓いた作品。

9位 大森立嗣監督「星の子」

今年は「MOTHER マザー」と「星の子」を相次いで公開し、着実に前進し続ける大森立嗣監督。新作では、新興宗教にはまった両親を持つ中学3年生の女の子を主人公に、改めて家族の問題を取り上げる。ただし、これまでの作品と異なり、主題は、見捨てられた孤児の物語ではなく、家族という関係性への信頼と確信。そのポジティブな姿勢が心地よい。これを可能にしたのが、芦田愛菜の好演。たたずみ、歩き、走り、人の話に耳を傾け、空を見上げる・・・。一挙手一投足がしっかりと形になる希有の才能と、15歳という年齢のみが持ちうる特権的な輝きを大森監督はフィルムに定着させた。傑作。

10位 ジャ・ジャンクー監督「海が青くなるまで泳ぐ」

東京フィルメックスの特別招待作品。中国の文学者たちへのインタビューを通じて、近代中国の変遷を浮かび上がらせたドキュメンタリー映画。いつものように、ジャ・ジャンクー監督は、作品の中に多層的な意味を組み込んでいく。文学者たちの語りから浮かび上がる中国近代史の光と影だけでなく、繰り返し映画音楽として流されるショスタコーヴィッチの交響曲が、数十年の時を経て変貌してしまった中国の農村風景が、そしてカメラが切り取る無数の庶民たちの表情なき顔の群れが、そこで語られること以上に中国の現在を浮き彫りにする。これが映画の力だと改めて実感する。

追記

もしかしたら、このベストテンはすべて、今年亡くなった森崎東監督の作品群が占めていたかもしれないと思うほど、今年は森崎東監督のことを考え続けた一年だった。森崎東監督追悼特集上映で観た膨大な作品は、これまで観てきた作品も新たに観ることが出来た作品も圧倒的な魅力に満ちており、こんなにすごい才能が日本で映画を撮り続けていたことに改めて驚かされた。とても順位をつけることができないほど、一つ一つの作品がユニークで、力強く、笑いと怒りに満ちていた。こんなことがどうして可能になったのだろうか。これを考えることが、もしかしたら日本映画の新たな可能性につながるのかもしれない。これ以外にも、台湾巨匠傑作選2020でようやく観ることが出来た王童監督の「バナナ・パラダイス」、韓国女性監督の新たな息吹を感じさせたキム・ボラ監督の「はちどり」なども印象に残る作品だった。

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