
ヒューマントラストシネマ渋谷のジョン・ヒューストン監督特集上映。神話性をまとったまま世を去ったジョン・フォードやハワード・ホークスと異なり、80年代まで映画を撮り続けたジョン・ヒューストン監督の評価はあまり高くないように感じる。でも、彼が晩年に監督した「ワイズ・ブラッド(賢い血)」、「火山の下で」「ザ・デッド」などは、いまだに新鮮なかがやきを保っている傑作である。今回の特集上映は、そんなジョン・ヒューストンの魅力を再発見する良い機会だと思う。
まずは「火山の下で」。言うまでもなく、マルカム・ラウリーの同名の傑作長編の映画化作品である。
メキシコ・死者の日の一日の出来事を追う物語
映画はアル中の元英国人外交官の1日を描く。
彼は1年前に妻に去られ傷心の中で酒浸りの生活を送っている。その振る舞いは奇矯で時に常軌を逸する。例えば、赤十字のチャリティ・ディナーでドイツ人外交官に絡み挙げ句の果てに演壇に駆け上がって来たるべき戦争で多くの死者が出れば出るほど死者を輸送する鉄道会社は儲けることができると一席ぶち始めるのだ。そんな暮らしの中、彼の元を去った妻が戻って来る。喜ぶ外交官。彼は彼女を歓迎しようとするが過去の記憶がそれを許さない。実はかつて妻は彼の腹違いの弟と不実を犯したことがある。。。
こうして物語は、外交官、妻、弟の三角関係を巡って展開していく。
彼らは 微妙な緊張関係をたもちながらも一見すると仲良く死者の日の祭りに出かけ、さらに闘牛の見物に繰り出していく。しかし外交官はどうしても過去を拭い去ることができずに酒に走ってしまう。結局彼は、二人を置いてその場を離れ、怪しげな酒場に逃げ込む。酩酊した彼は、そこでなくしていたと思っていたか小野からの手紙を見つけるのだが怪しげなメキシコ人たちに絡まれ悲劇が訪れる。
アルバート・フィニーの圧倒的な存在感
マルカム・ラウリーの膨大な小説をわずか2時間にまとめたヒューストンの剛腕に改めて圧倒される。それを支えるのが主演アルバート・フィニーの強烈な演技。
文学の素養も深い知識人の外交官。かつては英国海軍の艦長として第一次世界大戦でドイツの軍艦を撃沈して勲章を受けた勇者。弟からモナーク(専制君主)と呼ばれる強烈な個性の持ち主で、文明を捨ててネイティブ・アメリカンの居住地に移り住んだ17世紀のアメリカ人ブラックストーンに憧れるロマンチスト。一方で、若く美しい妻に逃げられ、自暴自棄から酒に溺れてアル中になり、手が震えて靴下も自分で履けず、酩酊して路上で昏倒する情けない男。
この複雑な人物をアルバート・フィニーが説得力を持って演ずる。これが映画を活気づける。

戦争と暴力と支配の予感
そして、随所に語られる戦争と暴力と支配の予感。
冒頭、ドイツ外交官との会話の中で、メキシコのある政党がナチスから資金提供を受けて勢力を伸ばしている疑惑が語られる。そもそも時代設定は1938年。ナチスはオーストリア併合を遂げて領土拡張を着々と続ける一方、英仏とはミュンヘン協定を締結して束の間の平和を維持した時代である。スペインでは、フランコが率いる反乱軍が人民戦線政府に壊滅的な打撃を与えてカタルーニャへの大攻勢を準備しつつあった。外交官の弟は、スペイン内戦に義勇兵として参加したが情勢の悪化に伴いメキシコに戻ってきたという設定で、彼の口から各国の義勇兵の悲惨な死が語られる。そもそも主人公の外交官も、かつてドイツ人将校7名を戦艦のボイラーに投げ込んで殺害したとうそぶいているのである。
さらに3人が旅の途中で見いだすのは、惨殺され道ばたに放置されたインディオの死体。殺したのはおそらく地元の警察とも内通しているギャングたちであり、インディオが持っていた金貨は、ナチ系の政党の党員が略奪する。
このような時代の空気と生々しい暴力を描き出すことで、ジョン・ヒューストンは、男女の三角関係の物語に厚みを加える。外交官の苦悩の背景には、こうした時代の重苦しさや、圧倒的な暴力の前に無力な西洋文明にそれでもしがみついてしまう生がある。
死者の日とマリア信仰がもたらす聖性
しかし、この映画の最大の魅力は、物語の舞台となった死者の日そのものにあるだろう。
言うまでもなくメキシコの死者の日は骸骨に仮装した者たちが町中に繰り出すメキシコ最大の祭りである。人々は、賑やかな屋台や遊園地に繰り出して楽しみつつ、束の間、死者をこの世に召喚し、彼らの存在を感じつつ追悼する。映画は骸骨のマリオネットたちによる死者の踊りで幕を開け、そのまま街中にあふれる骸骨や髑髏を映し出す。さらに映画は、マリアに祈りを捧げるメキシコ人医師のエピソードを挿入することで、この物語に神秘性を導入する。
原作がキリスト教信仰やカバラーの神秘主義に色濃く影響されていたように、この映画もメキシコの土俗宗教を画面に氾濫させることで、物語を彼岸的なものにしている。だからこそ、陰惨で理不尽な暴力で幕を閉じるこの映画の悲劇的な結末に、どこか聖性が感じられるのである。
今回、大画面で改めて見直し、この映画の魅力を再発見した。こんな映画が、インディアナ・ジョーンズやスター・ウォーズやゴースト・バスターズで盛り上がっていた1984年に公開されていたのだ。もしかしたら、公開当時は昔の巨匠の時代遅れの映画だったかもしれないけれど、40年を経てもなお新しさを感じるのはさすがである。
暗闇を駆け抜ける白馬の圧倒的な存在感を目撃するためにも、ぜひ映画館でみてほしい一作。
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