市川崑監督「どら平太」

市川崑監督「どら平太」を見る。2000年公開作品。出演は役所広司、浅野ゆう子、宇崎竜童、片岡鶴太郎、菅原文太、石橋蓮司、江戸屋猫八、岸田今日子、うじきつよし・・・と壮壮たるメンバー。

この作品、もともとは1969年に「四騎の会」(市川崑、黒澤明、木下恵介、小林正樹)が山本周五郎の「町奉行日記」を元に映画を製作しようということで執筆されたとのこと。オリジナル脚本には、橋本忍も関わっていたと言うから、贅沢なメンバーだった。しかし、結局、この作品の映画化は実現せず、宙に浮いた形になっていたのを、市川崑がオリジナル脚本を大幅に変更して製作・公開したという曰く付きの作品である。ベルリン国際映画祭で特別功労賞を受賞し、日本アカデミー賞では、優秀主演男優賞他、様々な賞を受賞した。

物語は、ある小藩に江戸屋敷から望月小平太(=役所広司)が着任することで幕を開ける。この藩は財政難を補うために「濠外」と呼ばれる無法地帯を黙認し、上納金を徴収していた。これに気づいた町奉行が次々に辞職に追い込まれ、小平太が江戸屋敷から藩主直々の命を受けて町奉行としてやってきたわけである。しかし、藩内では、小平太が江戸で博打を打ち、女遊びをしていたという悪評が広まり、「どら平太」というあだ名までが流布していた。小平太は、藩のすべてを敵に回して、濠外の問題を解決することができるのだろうか。。。。

この映画が公開された時、正直、僕は「なんで?」と思った。確かに四騎の会はすごいメンバーだし、市川崑は「巨匠」の一人である。とりあえず、東京オリンピックの記録映画を監督した人だし、少なくとも「黒い10人の女」は面白い。金田一耕助シリーズも、時々、良い場面がある。しかし、20世紀が終わろうとしている時に、60年代の巨匠たちの原案の映画を、時代劇をほとんど撮ったことのない市川崑監督で製作すると言うことの必然性が良く理解できなかった。当時、彼はすでに80歳を軽く超えていたのだ。

でも、BSで録画したままになっていたのを特に深く考えずに見始めたら、意外と面白いことに気づいた。やはり当時、ノリにのっていた役所広司に宇崎竜童、片岡鶴太郎、菅原文太が脇を固めるという布陣が勝因の一つだと思う。役所広司という人の飄々とした中に、毅然とした志を垣間見せる演技ははまり役である。それに、一瞬、女賭博師として顔を出す岸田今日子の存在感が素晴らしい。こういう細部が映画を引き締める。浅野ゆう子も、一本筋の通った江戸の芸者を堂々と演じていて凄みを感じさせる。

物語も、四騎の会のメンバーの特色が随所に出ている。黒沢的な人情劇と陰謀劇がある一方で、最後の大立ち回りや組織の中で一人責任を負って死んでいく男の姿は小林正樹のテイストがある。女遊びの場面は、市川崑のパートだろうか。台詞も演技もセットも衣装も違和感がなく、20世紀の終わりによくこんなまともな時代劇ができたな、と感心しながら見てしまった。物語は最後、どら平太が「濠外」の大掃除を終え、藩内の不正もすべて正して幕を閉じる。正攻法の大団円である。しっかりした映画を見た、という気になった。

でも、一方で少し寂しさを感じたのも事実。もともと市川崑監督作品と言うことで、それほど期待値を上げないで見たから面白かったけど、例えば、これが小林正樹や黒澤明が60年代に撮っていたらどうなっていただろうとつい想像してしまう。歴史にイフはないというけれど、彼らが撮ればこんなものではすまなかったはずだ。そんな風に考えると、この映画の貧しさがどうしても目についてしまう。実際、せっかく、「濠外」という魅力的な舞台を設定しているにもかかわらず、「悪場所」感が希薄なのだ。

これは演出や脚本のせいではない。単純に、モブシーンがなく、鳥瞰で遠景を捉える場面がほとんどないためである。たぶん、セットもエキストラもギリギリで撮影していたのだろう。フレームは常にしっかりと設定されているけれど、開放感に欠け、決してフレーム外に出ようとはしない。まるで80年代の韓国映画を見ている感じ。当時の韓国映画も弱小プロダクションが少ない予算で撮影していたから、場面はほとんど室内か、ごく狭い範囲のショットしかなかった。バブル崩壊後の不況のまっただ中に撮られたとは言え、これはもったいない。「濠外」をもっと娼婦やばくち打ちや人足や素浪人がうろつく猥雑な場所に仕立て上げてほしかった。最後の大立ち回りも、切れのある殺陣だとは思うけれど、決してものを壊さず、庭にも出ないで黙々と室内で斬り合うのは、緊張感がある反面、単調さを否めない。50年代の日本映画の黄金時代とまでは行かなくても、せめてもう少しスケールアップできなかったのだろうか。

それが、市川崑監督の演出なのか、予算的な制約なのか、そもそも日本映画産業がすでにそのような制作が不可能なまでに技術を失ってしまったのか。。。なんだかしみじみと考えさせられてしまいました。ここにもまた、「失われた●十年」がしっかりと刻印されています。

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