靉光「眼のある風景」、手塚治虫「ジャングル大帝」他

3週間近くブログを書かない日が続いた。理由は幾つかある。

この間、結構、仕事が立て込んでいた上に、翻訳の監修とか細かい資料づくりなどがあって、結構、消耗していたこと。さすがに、書き物の仕事が終わった後に、さらに書き物を続けるのは辛い。

もう一つの理由は、Spotifyにはまったこと。誘惑に負けてサブスクを始めた結果、毎夜、寝る前に1時間ぐらい気に入った音楽を聴くのが日課になってしまった。クラシックからJ−Popまで。ヘッドフォンで聴いていると、のめり込んでしまう。細かい音や会場の雑音まで拾ってしまう高性能のヘッドフォンで集中して音楽を聴いていると、昼間、言葉を使って作業をしている時に使うのとは別の部分の脳が活性化するようで心地よい。こんな音楽との付き合い方があったのかと我ながら新たな発見に驚いている。

でも、最大の理由は、多分、書くことのハードルが高くなりすぎて、書けなくなってしまったこと。我ながら、こういう性格を直さないといけないと思うけれど、つい書くものに高い要求をしてしまう。その結果、一つのブログを書くのに1時間以上を費やしてしまい、消耗する。さらに、前に書いたものを超えようとするからどうしてもプレッシャーがかかってしまい、パソコンに向かうことが出来なくなってしまった。たかがブログで、誰からの強制もないのに、そんなことでは困るけれど、これも性格なんだろう。

ということで、3週間近く空いてしまったけど、とりあえず再開することにする。継続は力なり。完璧なものを時間をかけて仕上げるよりも、だらだらとした文章でも良いから、日々の思索や想いを残していった方が良い。頭の中の想念は所詮想念でしかないけれど、文字化すればそれは物質となってこの世界に存在することになる。存在は、僕から自立したものだ。それは、ささやかながらも僕と世界の関わりを豊かにするかもしれない。

余談だけど、今日の時点で、ブログの投稿件数は340,下書きが146となっている。下書きというのは、とりあえず読んだ本や映画や展覧会の記録だけを残しただけで公開されていないものだ。このブログを書き始めたのが去年の1月だから、1年半で観た映画や本や展覧会のうち、3分の1以上がまだ書かれていないことになる。ちなみに、この数字には、シネマヴェーラ渋谷やユーロスペースで観た特集上映の膨大な映画は入っていない。やれやれ。たぶん、下書きのほとんどはこのまま下書きのまま埋もれていくだろう。所詮、すべての作品について1本の記事を書くなど、不可能な話なのだ。

それにしても、僕という存在は、一体何者なんだろう。1年半の間に読んだ本、映画、展覧会、テレビ番組が500件を超えているのだ。1日1作品以上のペースで何かを鑑賞していることになる。自分ではあまり意識していないし、読書量なんてほんとにわずかだと思うけれど、こうやって見ると、何かに追われているように作品を鑑賞しているようにも見える。それはポジティブな希求なのだろうか、それとも何者かからの逃避なのだろうか。ちょっと考えてみる必要がありそうだ。

こんなことを書いていると、全然、日記にならないので、少し日記的なことを書いておく。

今日は梅雨の末期でしとしと雨の日曜日。昨日は、熱海で土石流が発生して大騒ぎになっている。午前中は、最近、定例になっている半日の瞑想。午後は、何もやる気が起きず、タロット占いで3ヶ月ぶりに自分のことを占い、その後は、Twitterの記事を漁り、昨日のタルコフスキーの記事をアップしたりとだらだら過ごす。タロットは、少し動いたようで、大きな変動が近く起きる予感がする。前回同様、逆さづりの男が出るのが気になる。この年になってまだ転換期というのに呆れる。とは言え、確かにカードが語るとおり、僕は自分の無意識に向かってゆっくりと下降しているようだ。

夕方は少し雨が弱まったのでジョギングに出ようかとも考えたけど、冷たい雨に打たれて走るのは気が進まず、自室でごろごろ。夕食後は、録画していた日曜美術館と美の巨人を見る。

日美は靉光の特集。「眼のある風景」を巡る話。赤外線製作の過程を辿ると、どうやら眼は完成の直前に入れられたらしい。近代日本のシュール・リアリズム絵画を代表する作品は、たゆまざる試行錯誤と方法上の革新を経て作られたようだ。靉光は、結局、36歳で動員され、戦後、故郷に戻ることがないまま病院で死亡する。病死という連絡が遺族に届けられたが、20年後に家人の元を訪れた人間が伝えたところによれば、「節食療法」という名の下に食を削られ、最後は餓死したそうだ。何があったのかは分からないけれど、ここにも近代日本の深い闇を感じる。たぶん、靉光の絵は、ある種の人間にとって極めて不愉快で許しがたいものなんだろうと思う。それは、彼の絵が人間の心の奥に分け入っていくような絵画だからだ。あの絵は誰も攻撃しないし、誰も非難しはしない。しかし、あの絵の前に立つと、人は自分の無意識と向き合うことを余儀なくされる。それはある種の人間にとって耐えがたいことだろう。不安は人を攻撃的にする。特に理解不能な者が面前にいれば攻撃の矛先は当然そこに向かう。戦争中の狂気の時代に、シュール・リアリズム絵画が弾圧されたのには十分な理由がある。それは、現代の、たとえば、「表現の不自由展」に対する攻撃も変わらない。攻撃している人間は、反日や国辱を理由にしているけれど、本当は砂上の楼閣のように不安定な自己に耐えられないだけなのだ。だから攻撃は理不尽で過激になる。余談だけど、番組で紹介されていた靉光の妻の回顧がとてもよかった。芸術家の苦悩に対する理解と包容、励ましが感じられる文章。そういう意味で、靉光は恵まれていたと思う。

美の巨人達は、手塚治虫の「ジャングル大帝」を取り上げていた。現在、豊島区のトキワ荘マンガミュージアムで開催されている「トキワ荘と手塚治虫」展の紹介。戦後、すぐに上京してジャングル大帝を発表し、一気に売れっ子の漫画家になった手塚のジャングル大帝にかけた想いが語られる。里中美智子が登場して手塚の線をなぞり、手塚の線がいかにデフォルメをしながら写実を離れないかを熱っぽく語るのが印象的だった。漫画家にとって線はすべて。手塚は、ジャングル大帝が単行本化される際、当時の原稿が失われていたために再度、描き直したそうだ。しかし、その線は、発表当時とまったく異なる。夏目房之助さんが、漫画家は年を取ると共に身体が変わり、線も変わるから、過去の線を再現するのは難しいのだと解説する。その時、その身体でしか表現できないもの。もしかしたら、この言葉が、ブログを再開しようか迷っていた僕の背中を押す最後の力になったのかもしれない。

とりあえず、こんな感じで、何でも良いから定期的に、書き続けることにしよう。どこまで続くか分からないけれど、十数年後かにこれを読み直したときに、何か発見することがあるかもしれない。

ゴーダーワリー・ダッタ「チャクラ」(部分)
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