澁澤龍彦著「西欧芸術論集成」
気に入った展覧会についてポツポツと言葉を連ねていてもなかなか文章がまとまっていかない。美術史の専門家でもなければ、絵心もない僕のような人間にとって、絵について何かを語るというのは結構荷が重い。特に、絵画の中に神秘を探ろうとするアプローチでは、なかなか自分の思うように語ることは難しい。なにか良い見本がないかと考えていて、澁澤龍彦さんに思い当たった。シュールレアリズム絵画に早くから着目し、人間の深層心理に迫る絵画の魅力を伝えてきた澁澤さんの文章を読めば、何かヒントがつかめるかもしれないと思って、早速、澁澤龍彦著「西欧芸術論集成」を購入して読む。期待をはるかに上回る充実した内容。インターネットなんて全く登場しておらず、海外渡航も制限されていた戦前から、普通の絵画史ではめったに取り扱われない西欧絵画史の別の系譜をひたすら追求し続けたこの偉大な才能に改めて感動する。
実際、澁澤さんが取り上げる作家の多くは僕自身も大好きな画家たちばかりだ。ゴヤ、モロー、ベックリン、ルドン、クリムト、クレー、ピカソ、エルンスト、キリコ、デルヴォー、マグリット、タンギー、ダリ、バルチュス、クラナッハ・・・。幻想画家とシュールレアリストの系譜。写実絵画でもなければ、宗教画でもない、人間の心の闇を探求してこれを表現へと昇華させた画家たち。澁澤さんが追求した画家たちの魅力は今も色褪せてはいない。
それだけではない。どうやったらこんな異端の画家たちを見つけ出せるのだろうと思うくらい、不思議な魅力を持った画家たちを取り上げているのである。以下、少し、澁澤さんお気に入りの画家たちの作品を紹介しておこう。それにしても、便利な時代になったものだと思う。かつて澁澤さんが、膨大な時間とお金をかけてカタログを取り寄せたり、欧州の美術館に足を運んで収集した画家の作品を、グーグルの画像検索にかければ、ほとんど一瞬で観ることができるのだ。こんな時代に立ち会うことができる私たちは本当に幸運だと思う。
澁澤さんの文章を読んでいて面白いと思うのは、当初、フロイトの影響を強く受けて背徳と性をひたすら追求していたのが、徐々により人間の精神の深みへと向かう点である。多分、ユングの影響もあっただろうし、アール・ブリュやアウトサイダー・アートに触れることで、性だけでない人間精神の深みへと目が開かれたと言うこともあるのかもしれない。最初は、フロイディアン特有のセックス一元主義、すべての関係をサド・マゾに還元しようという傾向がなきにしもあらずで、若干、辟易するところがあった澁澤さんの文章が、徐々に深みを増し、西洋絵画史に伏流する神秘と幻想の追求へと変わっていく点が興味深かった。もし澁澤さんがインターネットで世界中の画像に簡単にアクセスできるこの時代に生まれ変わったら、一体どんな思考を展開しただろうか。想像しただけでわくわくしてしまう。