イー・ツーイェン監督「藍色夏恋」
近所のTSUTAYAが閉店になるというので、まだ見ていないDVDを漁っていたらまだ「藍色夏恋」を見ていないことに気づく。早速レンタル。2002年の作品。もう20年前の作品なんですね。つい2002年当時の自分のことを思い出して回想にふけってしまう。この作品は、公開当時も気になっていたけど、あの頃は映画を観るどころの騒ぎではなかった。と言いつつ、候孝賢の「ミレニアム・マンボ」(2001年)も「珈琲時光」(2003年)も観ているけど、台湾の新しい才能の作品にまで手を広げる心の余裕がなかったのは事実。ほぼ20年ぶりに出会うことになった。圧倒的な魅力に心奪われる傑作。
この作品は、監督のイー・ツーイェンの長編第二作であり、主演女優のグイ・ルンメイのデビュー作でもある。彼女は、当時、高校生で台北の繁華街を歩いているところをスカウトされ、2ヶ月のワークショップを経て主役に抜擢されたとのこと。決して美人ではないけれど、その存在感は圧倒的である。意志の強さを感じさせる容貌、時に見せるあどけない表情、そして、思春期の女の子に特有のはにかみや感情の奔流。。。他の役者も含めて、この映画は、思春期のこれしかないという輝きの一瞬を切り取ってフィルムの中に定着させた永遠の青春映画になっている。
物語の舞台は、台北のとある高校。女子高生モンは、親友のユエチェンに頼まれてチャンという男の子にラブレターを渡すことになる。チャンは、ハンサムで、水泳部とギター部に所属する男の子だった。しかし、ユエチャンが恥ずかしさのあまり、ラブレターに自分の名前ではなくモンの名前を書いたために、チャンは勘違いしてモンに恋をしてしまう。そんな気もなかったモンだが、めげずに付き合ってくださいというチャンの姿に徐々に心を許していく。しかし、モンには、どうしてもチャンと付き合うことができない重大な秘密があるのだった。。。
映画の冒頭は黒い画面から始まる。そこにかぶさるようにナレーションが入る。「私には何も見えないわ」「私には見える。そこはとても素敵なレストランで、私の横には彼氏がいるの。。。」。やがて映し出されるモンとユエチェン。二人は目をつぶって、将来の自分たちの姿を語り合っていたのだ。恋を恋する年頃の女子高生が親友同士で将来の姿を語りあう。世界は可能性に満ちており、まだ何も手にしていないけれど、すべてが手に入ると信じていた特権的な時間が映し出される。同時に、この映画のテーマである、「未来への門」(この映画の原題は、「藍色大門(Blue Gate Crossing」である。青春から大人に踏み出すために誰もが通過しなければならないステップを指すのだろうか。。)が印象的に提示される。
その後、モンとユエチャンは、夜の学校のプールで練習に励むチャンに会いに行くだろう。相米慎二監督の「台風クラブ」にオマージュを捧げるかのような美しく静謐なプール。水面から反射する淡い光りを受けて、モンとユエチャンは柵越しにチャンの泳ぐ姿をのぞき込む。幻想的で、わくわく感あふれる場面。映画は、この後も、夜の学校を印象的に映し出していく。プール、体育館、講堂・・・。夜の学校は、まるで異界のように彼らを受け入れ、心の秘密を告白する場を提供する。
それにしても一つ一つの細部が愛おしい。モンとチャンの初めてのキス。モンとユエチャンの語らい、そしてダンス。あるいは、体育館で、2階にいるモンと1階にいるチャンが互いに見つめ合いながら横に移動する場面。窓際に佇んで去って行くチャンを見送るモンの横顔。。。2ヶ月間、俳優とスタッフが一緒に生活しながらワークショップを行ったことで、俳優たちは皆、リラックスし、自分自身の生の姿を自然なかたちで出すことができた。その等身大の演技が、繊細に設計された色彩と光、構図の中でフィルムに映し出される。完成度は本当に高い。
そして自転車。たぶん、この映画の最大の魅力は、モンとチャンが自転車に乗る場面だろう。ある時は、全速力で疾走し、ある時は二人並んでお互いの顔をそっと覗き合い、そして時には自転車を押しながら二人で語らい合う。すべての場面が美しく、自転車を撮ることの喜びに満ちている。特に、映画の最後、チャンの後ろ姿を追いかけながら一生懸命に自転車を漕ぐモンの姿は素晴らしい。まるで彼女自身が風になったかのような躍動感。流れ去る風景をバックに自転車をこぎ続けるモンの映像に彼女自身のナレーションがかぶさり、映画は終わりを告げる。いつまでも終わらずに見続けたい名場面である。
この映画は、カンヌ国際映画祭に正式に招待され、イー・ツーイェン監督とグイ・ルンメイは国際的なデビューを果たす。その後の、グイ・ルイメイの活躍は素晴らしい。最近では、ディアオ・イーナン監督の「薄氷の殺人」と「鵞鳥湖の夜」の演技が印象的だった。細い身体にもかかわらず決して自分を失わず、世界を自らの力で切り拓いていこうという強い意志を秘めたまなざし。その演技の原点が、この映画にある。
誰もが一度は通過したはずのあの壊れやすい一瞬の煌めきをフィルムに収めた、青春映画の傑作。