アートを巡る旅 in 青森(1)弘前れんが倉庫美術館
久しぶりに旅に行きたいと思い立って青森へ。お目当ては、いろいろある。今年開館した弘前れんが倉庫美術館の開館記念展。ずっと気になっていたけれど、訪ねる機会がなかった国際芸術センター青森と十和田市現代美術館。もちろん、せっかく青森に行くんだったら青森県立美術館でシャガールの「アレコ」シリーズにも再会したい。ということで、一泊二日、ただただアートに浸る旅へ。
まずは弘前れんが倉庫美術館。僕は、2006年に一度ここを訪れている。まだ美術館になる前の倉庫スペースで開催された奈良美智+ジラフの「A to Z」展である。奈良さんが膨大なボランティア・スタッフと共に巨大なスペースをアート空間に変容させた心躍る展覧会だった。スペースを活かしてそこら中に小屋が建てられ、それを一つひとつめぐりながら、小屋の中のインスタレーションを楽しむという趣向。さらに屋根裏スペースにも奈良さん制作のオブジェが展示され、幻想的な魅力にあふれていた(この時の感想を書いたブログはこちらから。久しぶりに読み返したけど、結構懐かしかったです。)。
まずはこのスペースが、10数年後に美術館として再生したことを祝福したい。もともと、この倉庫は酒造工場として設立され、戦後は青森名産のりんごを使って国内初のシードルを製造するなど、弘前の人たちにとっては歴史的に由緒のある場所。そもそも赤煉瓦造りにしたのは、創業者が酒造がうまくいかなくて廃業しても煉瓦造りにしておけば、弘前の人たちが何かに活用できるだろうと考えたからだとか。やはり明治の人には先見の明がありますね。この美しい建物は立派に美術館に生まれ変わりました。
開館記念展のタイトルは、「Thank You Memory―醸造から創造へ―」。内外のアーチストを招聘し、この場所と建物の「記憶」をテーマにした作品制作を依頼しました。弘前という街の記憶をたどった作品を展示することで、新たな記憶を紡いでいこうという企画。良いですね。この美術館の基本コンセプトは、「サイト・スペシフィック」と「タイム・スペシフィック」だそうです。この場所とこの時にしか表現できないものを展示するという考え方。名作を集めて世界中を巡回させるという発想とは真逆の発想が魅力的です。
美術館に入ると、まずは奈良さんの「A to Z Memorial Dog」が迎えてくれます。奈良美智ファンにはおなじみのあおもり犬のオブジェ。青森県立美術館にもありますね。いつ見ても、ちょっと憂いを帯びたようにも見える優しい表情に心がなごみます。そういえば、A to Z展でも展示されていました。
倉庫の中は、高い屋根、ほの暗い空間、むき出しのレンガ壁が、印象的な空間を形作っています。そこに展示された作品も手触り感があふれるノスタルジックな作品ばかり。これはお勧めです。
例えば、畠山直哉さんと服部一成さんのコラボ「Thank You Memory」。廃墟や暗渠、被災地などの写真を撮り続けてきた畠山さんによる煉瓦倉庫の過去の写真のコラージュと、煉瓦倉庫が解体される際に出てきた様々なオブジェを展示した作品。古びたボトル、割れたタイル、竹で編んだ籠など、歴史を感じさせるモノが無造作に並べられ、壁には煉瓦倉庫の歴史を伝えるテキストと画像、写真が複雑にコラージュされた作品が展示されています。それ自体の手触り感と、こうしたモノや画像が経てきた時間が混然となって、見ている私たちも何かに触れたような錯覚に陥ります。反対側の壁には、煉瓦倉庫を美術館に建て替える際の工事現場を写した写真がスライドで投影されています。ほとんど人のいない廃墟のような空間にむき出しの足場や建築部品が並べられています。人がいない分、空間の持つ力がそれだけ浮き彫りになるような作品。
ふと、地霊(ゲニウス・ロキ)という言葉を思い浮かべます。人間には、多分、見えていなくてもずっとその場所にとどまり続けている「何か」を感じる能力があるのだと思います。かつて、日本人は、その「何か」が強く感じられる場所を祀るために塚や祠、神社や寺を作ってきました。そんな感覚は、近代化の中でいつしか失われてしまったように見えますが、実はこういう長い歴史を持った建物にはまだそうした「何か」が残っているのかもしれません。そして、アーチストにはそういう「何か」をすくいとって作品にしてしまえる能力を持った人たちがいるような気がします。少なくとも畠山さんの写真を見ていると、このことを強く感じます。
あるいはタイのアーチスト、ナウィン・ラワンチャイクンの「いのっちへの手紙」。ナウィンは、弘前を訪れ、様々な街の人たちと交流します。街の桜を保存し続ける人たち、その桜の剪定用のハサミなどの工具を作る職人、弘前の郷土料理を保存・継承しようとしている女性グループ、花見に興ずる人たち、長い歴史を持つキリスト教会の信徒たち・・・。ナウィンは、徐々に弘前の歴史について学んでいきます。そして、猪をかたどった珍しい縄文土器に出会います。「いのっち」と名付けられたこの土器は、日本の縄文土器の中でも非常にユニークで、弘前の街のキャラクターにもなっています。おそらく祭祀で捧げられるために制作され、当時の人々の信仰の対象となっていただろう「いのっち」にあてて、ナウィンはビデオ・レターを制作します。ビデオに映し出されるのは、ナウィンが弘前で出会った人々との交流の記録。この映像にかぶせる形で、ナウィンは、「いのっち」に彼がいた時代以降の弘前の歴史を語っていきます。縄文から江戸時代へ、さらに明治時代に入って武士たちは平民となり、産業振興のためにりんご栽培を始め、さらにシードル作りも始めます。ナウィンが現在、出会い、語り合う人たちにも、その歴史と伝統はしっかりと刻み込まれています。このビデオ・レターのナレーションを担うのは、弘前の人たち。多様な声とアクセントが交錯して、このビデオ・レターは弘前という場所とコミュニティをポリフォニックに伝えるユニークな作品に仕上がりました。さらに、ナウィンは、出会った人たちや歴史上の人物たちを描いた巨大な壁画を作成します。普通の人と、歴史上の人物と、いのっちが一堂に会したこの作品は、まさに弘前れんが倉庫美術館の開館を記念するにふさわしいモニュメンタルな作品になっています。こんな風に、街の人たちが作品作りに参加し、さらにナレーションや顔がそのまま作品になるという制作スタイル。うらやましいですね。
これ以外にも、見応えのある作品がたくさんあります。奈良さんは、作品制作のために訪れたサハリンで撮影した写真を展示しました。サハリンの人々や風景を写しているのですが、中には、奈良さんの作品に出てきそうな不機嫌な顔をした少女も入っています。奈良さんの描く少女、現実にも存在したんですね。このサハリン滞在がどんな作品を生み出したのかも気になります。
また、「弘前エクスチェンジ」で弘前に滞在していたハン・イシュというアーチストの作品も面白かったです。どこにでもあるような古い家具や電気製品にビデオを投影したインスタレーション。水中に身を投じたり、地上に大きな星を描いたりというアーチスト自身のパフォーマンスを記録した映像なのですが、それは何か呪術性を感じさせます。
弘前れんが倉庫美術館は、今後、春夏と秋冬の2シーズンに企画展を開催していくとのこと。また真冬には映画上映や市民向けのイベントも行うとのことです。まさにサイト・スペシフィックな美術館として活動を展開してほしいと思いました。