ロンドン・ナショナル・ギャラリー展@国立西洋美術館
国立西洋美術館で開催されているロンドン・ナショナル・ギャラリー展に駆け込む。気がついたら会期終了まで予約はほぼ埋まっており、なんとか追加の夜間営業時間のチケットが出たのをゲット。9月頃から、そろそろチケットを取っておかないと、と気になっていたのにそのままにしておいたツケが回った感じ。やはり東京はこの手の展覧会の人気が高い。
今回の展覧会の目玉は、多分、ゴッホの「ひまわり」とフェルメールの「ヴァージナルの前に座る若い女性」。海外ではなかなか見る機会がないこの2作品をじっくりと鑑賞できたのはよかった。やはり名画は、実際に絵を見ないと魅力がわからないと思う。
ゴッホのひまわりは、Sompo美術館でも、フィラデルフィア美術館でも見ているけれど、1作ごとに表情が全く変わる。ナショナル・ギャラリーのひまわりは、全体が黄色で統一されていて作品としてのまとまりを感じさせる。アルル時代のゴッホ自身の高揚感も感じられる。やはり見応えがある。
それにしても、なぜ日本人は「ひまわり」が好きなのだろうか。一つの理由は、7作しか描かれなかった「ひまわり」のうち、戦災で焼失した1作とSompo美術館の1作とあわせて2作が日本にある(あった)ことと関係があるのかもしれない。Sompo美術館のひまわりは日本経済がバブル絶頂期に購入したもので、その時代へのノスタルジアとあわせて記憶している人もいるだろう。
南仏の強烈な太陽を浴びて燃えあがるような勢いで伸び上がる花弁と強烈な色彩、荒々しいタッチからかいまみえる生命の息吹。確かに、この絵には生命力が溢れているように感じられる。その後、ゴッホはゴーギャンとの共同生活が破綻し、自分の耳を切り落として自殺未遂を起こし療養所に収容される。治療後にゴッホが描いた「星月夜」や「糸杉」、「カラスのいる麦畑」のような見る者に奇妙な居心地の悪さを感じさせる一連の作品群に比べると、ひまわりはわかりやすい。
フェルメールの「ヴァージナルの前に座る若い女性」も、素晴らしい。フェルメール作品ではおなじみの深い光沢をたたえた青いドレス。画面左上方からの光源に照らされて浮かび上がるいつものモデルの顔。楽器、壁に掛けられた絵画、微妙に光を反射させて複雑な光沢を見せる家具類。ほぼ同じ構図、ほぼ同じモデルを使って黙々と光の微妙な移ろいを描き続けたフェルメールの傑作の一つ。
この人の絵を見ていると、僕は不思議な気持ちにとらわれる。窓際にたたずんでガラス窓から差し込む外光に包まれる女性たち。手紙を読んだり、楽器を演奏したり、ミルクを器に注いだりと、その仕草は様々だけど、そこに漂う静謐感と、かすかに感じられる戸外への想いは共通しているような気がする。窓際という場所の力。この特別な空間は、その後、様々な絵画や映画、写真でも引用され変奏されていくだろう。親密でありながら、外に対しても開かれた境界領域の特別な感覚をもつ窓際という空間の魅力を「発見」しただけでも、フェルメールの功績は計り知れない。
これ以外にも見所は満載である。レンブラントの「34歳の自画像」、ベラスケスの「マルタとマリアの家のキリスト」、ターナーの「ポリュフェモスを嘲るオデュッセウス」、そしてモネ、セザンヌ、ドガ、ゴーギャン、ルノワール、ピサロなどの印象派の画家たち。個人的には、アングルの「アンジェリカを救うルッジェーロ」やティントレットの「天ノ川の起源」のような、美術史の本では必ずお目にかかる名作の原画をじっくりと間近で鑑賞できたのも収穫だった。
そしてスルバランの「アンティオキアの聖マルガリータ」!。スルバランは、極力色彩を排したモノクロに近い画面の中、暗闇の中から光に照らされて浮かび上がる聖人を描き続けた画家というイメージが強かったけれど、この絵の青の素晴らしさには本当に息をのんだ。豪華なドレスではなく、多分フェルトのような質素な生地だと思うんだけど、その手触りの質感までも描き出した素晴らしい筆致。そして聖マルガリータの信仰心溢れる顔の表情。スルバランの魅力を再発見しました。
ということで、会期終了間際になんとか駆け込めてよかった展覧会でした。ただ残念だったのが、せっかくロンドン・「ナショナル」・ギャラリー展なのに、英国の画家の作品があまりなかったこと。そもそも、この展覧会のテーマが、「ナショナル・ギャラリーとしてのコレクション収集の歩み」だから仕方がない面もあるのだけど、フランス絵画、オランダ絵画、イタリア絵画(特に、日本ではなかなか見ることができないヴェネチア絵画が入っていたのは素晴らしい!)が中心となるのは少し寂しい気がしました。ターナー、コンスタブル、ライト、ブレイク、ラファエル前派の画家たち・・・。英国絵画にも素晴らしいアーチストたちが多数いるけれど、日本はどうしてもフランスやイタリアの大陸系の画家の作品紹介が中心になってしまうので、ぜひ英国絵画の全貌展を企画してほしい!