ジェリー・シャッツバーグ監督「スケアクロウ」
ジェリー・シャッツバーグ監督「スケアクロウ」を見る。1973年公開作品。主演はジーン・ハックマンとアル・パチーノ。第26回カンヌ国際映画祭のパルム・ドールと国際カトリック映画祭事務局賞をダブル受賞した作品。
確かに、1970年代のニューシネマの雰囲気を濃厚にたたえた映画である。6年の刑期を終えて出所したばかりのマックス(=ジーン・ハックマン)と、5年越しの船乗り生活を終えたライアン(=アル・パチーノ)がヒッチハイクの途上で出会い、友情を培うというお話。マックスは、神経質ですぐに人と諍いを始めてしまう。服を何重にも着込み、どんな状況でも昼寝を怠らず、ふとしたことで急に切れる。今風にいうと、少しサイコな感じ。ライアンは、人なつこくて陽気。何か諍いが起きそうになると、笑いのねたを提供して人々の気持ちを解きほぐして事なきを得てしまう才能がある。
こんな対照的な二人が、失われた過去を取り戻すためにそれぞれの目的地にヒッチハイクや無賃乗車で向かうというロードムービー。アクターズ・スタジオ出身の二人が、リアリティのある演技を披露し、その姿をカメラはドキュメンタリー・タッチで追っていく。ある種、ニューシネマの典型とも言える作風である。
でも、今の視点から見ると、何かが足りないような感じがする。僕たちは、ロード・ムービーであればヴェンダースの三部作や阪本順治の傷だらけの天使シリーズを見てしまっているし、長回しであればアンゲロプロスや相米慎二の一連の作品を見てしまっている。そういう目から見ると、スケアクロウのタッチは古い。アクターズ・スタジオ出身の俳優に特有のリアリティを重視した演技もなんだか鼻につく。こうした「古さ」がどこにあるのかを言語化できないのがもどかしいけれど、やはりそこには決定的な断絶がある。
とはいえ、ジーン・ハックマンもアル・パチーノもうまい。ジーン・ハックマンは、フレンチ・コネクションのポパイ刑事役で主要な男優賞を総なめし、翌年のポセイドン・アドベンチャーでは、破天荒な牧師役で神と対峙する人間の弱さと崇高さを描ききった。この勢いに乗っての出演である。ジーン・ハックマンという役者が持っているとてもストレートで優しい心と、それ故にキレて暴発してしまう危うさが、この作品にはよく表れている。これは、その後、はるか20年後のクリント・イーストウッド監督作品「許されざる者」のリトル・ビルの役作りにも反響しているだろう。やはり名優だと思う。
アル・パチーノも、前年のゴッド・ファーザーで末弟のマイケル役を演じて映画賞を総なめした勢いでの出演。この後、「セルピコ」で正義感あふれるNPD警官を、さらに「狼たちの午後」で状況に翻弄される銀行強盗を演じ、それぞれ高く評価された。その後は、ゴッド・ファーザーの印象が強すぎたせいか、冷徹な悪役を演じる機会が多いけれど、この作品のピュアでバルネラブルな演技もなかなか捨てがたい。
いわば、キャリアの最初の絶頂期を迎えたとも言える二人の俳優がぶつかり合った作品だから、もっと面白いものになってもよいはずだし、幾つか印象的な場面がある。でも、全体として見たときに、どうしても乗り切れない。ここでもまた、映画の神様は気まぐれで、冷酷に背を向けているような気がする。