オリヴィエ・アサイヤス監督「冬時間のパリ」

以前から気になっていたオリヴィエ・アサイヤス監督の新作公開、しかも主演女優がジュリエット・ピノシェということで、今年の初ロードショーは、ル・シネマの「冬時間のパリ」へ。

この映画、原題は「Double Vie」なんです。日本語だと「二重生活」になるのかな。要は、パリ在住の二組の不倫カップルのお話です。しかも、この二組のカップル、夫婦ぐるみでの付き合いが長いので、結構、状況は複雑です。しかも、アサイヤス監督は、噂通り、俳優の顔のアップを重視し、長回しと切り返しを微妙に交えながら、俳優の表情をひたすら追い続けるという特異なスタイルの人。

さらに、出演者は、ひたすら「デジタル化が進む中で、出版業界は生き残れるのか」「これだけブログやソーシャル・メディアが氾濫し、誰でも情報発信できる時代に書くことに何の意味があるのか」「ソーシャル・メディアを活用したマーケティング全盛の時代に、良質な芸術を追求することができるのか」等々のテーマを延々と議論していきます。僕は、古き良きフランス映画のスピリットを堪能したけれど、こういう会話だけの映画に慣れてない人は、結構、辛かったのではないでしょうか。実際、近くに座っていたおじさんは、映画が始まって30分も経たないうちに盛大にイビキをかきはじめてました。

東急文化村のイメージ戦略としては、「冬時間のパリ」という、よく考えたら意味不明な雰囲気先行のタイトルを付け、予告編も軽快なラブコメ調で仕上げて「ロマンチックな大人のパリの愛の物語」を打ち出したかったのかもしれませんが、これに釣られて来た観客(圧倒的にシニアの方が多かった!さすが東急路線。)の皆さんには少々酷な映画だったかもしれません。

とまれ、初のアサイヤス体験は、僕にはとても心地よいものでした。最初は、バスト以上のショットの連続で、会話の場面は単調な切り返しと長回しの組み合わせという独特のスタイルに面食らったけど、慣れると、逆に俳優の細かな感情のひだを掘り下げていく手法の鮮やかさに引き込まれました。会話中心の展開も、俳優の微妙な表情の変化やちょっとした仕草に現れる内面の揺れなどが感じられてよかったです。とても濃密で親密感あふれる映画スタイルでした。アサイヤス監督は、こういう形でとてもプライベートで密やかな時間と空間を取り上げることで、まさに「Double vie」という、決して人前には見せないけれど、誰でも心当たりのある「もう一つの人生」を描きたかったのかもしれません。

もちろん、話の展開も面白いです。そもそも、ダブル不倫の一角の作家というのが、自分の不倫の経験を分かる人にはわかるように細部を変えて小説にしてしまうという露悪的な作家です(ギヨーム・ブラックの「女っ気なし」「やさしい人」の主演男優ヴァンサン・マケーニュが演じているのですが、ちょっと変なのになぜか女性にモテるところがはまり役!)。ネタバレになるからこれ以上は言えませんが、彼が不倫の話を小説に入れてしまうために、複雑な関係がさらにスリリングになっていきます。これは面白い。

そこに、出版社の買収の話やスタッフのヘッドハンティングの話、政治家のスキャンダルの話・・・と次から次へと色々な騒動が巻き起こります。登場人物は、ただ会って、タバコを吸って、ワインを飲んで、出版業界のデジタル化の可否を論じているだけなのに、こんな風にストーリーはどんどん脱線していって飽きさせません。よく考えたら、すごい映画ですね。アサイヤス監督の鮮やかな手腕にただただ脱帽です。

蛇足ですが、個人的には、不倫エピソードの一つに大受けしました。作家の作品の中で、不倫カップルがハネケ監督の「白いリボン」を一緒に映画館で見ながら、女性が男性に✖️✖️✖️するというエピソードがあるのですが、これは本当にあった話で、ただ映画は「白いリボン」ではなく、「スター・ウォーズ」だったという話。映画館で✖️✖️✖️なんて本当にできるのか?と突っ込みたいところですが、なんかスター・ウォーズだったら、つまらないし、もりあがるBGMでうるさいから、周りの人も気づかないかもな。。。と、思わず納得してしまいました。さらに、これを聞いた女性が、「どうせあなたは白いリボンを見ていたと書けば、インテリだと思われるって期待したんでしょ」とバッサリ切ってしまうところに、アサイヤス監督の才気を感じました。なかなかこういうセリフ思いつきませんよね。これだけでも必見の価値ありです。

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