ハマスホイとデンマーク絵画展@東京都美術館

ハマスホイとデンマーク絵画を観にいく。ハマスホイはずっとに気になっていた画家なんだけど、前回の回顧展は海外にいたので見逃した。悔しくて、その後、わざわざデンマークまで行ったのに、デンマーク国立美術館には数作しか展示されておらず、カタログもなくてほとんど情報を得ることができなかった。だから、今回の展覧会はとても楽しみにしていて、展覧会開始と同時に駆けつける。

ハマスホイは19世紀にデンマークで活動した画家。北欧のフェルメールと称されたように、フェルメールを思わせる光とタッチが印象的である。ただ、ハマスホイはやはり近代の画家である。取り上げるテーマは、フェルメールと異なり、都市生活者の室内空間。ハマスホイの特徴は、妻イーダをモデルにした女性の後ろ姿のポートレート、無人の室内、そして開かれたドア。日本人的には、そこにどうしても小津安二郎と同じ視線を感じてしまう。誰もおらず、ほとんど装飾品もないひんやりした空間がもたらす静謐感。そこには確かに何かが顕現しているという予感がある。

今回の展覧会は、19世紀に開花したデンマーク近代絵画の流れも丁寧に扱っており、とても好感が持てる。印象派の影響を受けながらも独自に室内画や風景画を発展させたデンマークの画家たち。当たり前だけれども、フランスの印象派の画家たちは、フランス、特に南仏の明るい陽光を画布に定着させるために印象派のスタイルを発展させた。それは、技法の革新である以前に南仏の光と色彩を表現するための格闘の記録だと言って良い。同じことは、デンマークの画家にも当てはまる。印象派に触発されたとは言え、南仏とは異なる北欧の淡い色彩と曇りがかった光を定着させるためには、彼ら独自の技法を発展させなければならなかった。その成果が、デンマーク近代絵画に特徴的な暗い色調の中に確かな光を感じさせる独特のスタイルとして結晶したのだということが、この展覧会できちんと提示されている。良い構成だと思う。

また、ハマスホイが影響を受けたり親交があった画家たちの作品もきちんと紹介されていて、より理解が深まるようになっている構成にも好感が持てる。ハマスホイは、確かに素晴らしい才能だけれども、突然、無から出現したわけではない。他の画家たちとの影響関係の中から、彼独自のスタイルを作り出してきたのだ。

今回の展覧会では、もちろんお目当ての無人の室内画が楽しめる。落ち着いた色調、窓から差し込む光の暖かさ、独特の構図。すべてが静謐で美しく、神秘的である。素晴らしい!でもそれだけではない。今回は、きちんと顔を描いた人物画の魅力も発見できた。例えば、イーダが結婚する前にハマスホイの母親と同じ部屋で編み物をしている絵。暗い背景に沈潜するように黒いドレスを身につけた二人の間には、会話はおろか視線の交錯すらない。この二人の関係が実際にどうだったかは分からないけれど、そこには冷たい緊張感が感じられる。二人の人間が一つの空間を共有しているにもかかわらず、そこに何の交感も生じないときに生まれる圧倒的な孤独感。それは、嫁姑の関係を超えた、ある普遍的な近代人の孤独を表しているようで印象深かった。

また、イーダが病気から回復した直後を描いた肖像画も、とてもインパクトがあった。全体をくすんだ緑色の色調で統一した肖像画は、髪もほつれ、頬もこけた痛々しい姿のイーダを描き出す。彼女は、スプーンで目の前に置かれたコップをかき回している。その視線は、どこかあらぬ方向を向いている。緑という色調が、不吉な病や死の予感を感じさせるけれど、全体としての印象は不思議と暖かい。生死の境を彷徨った後に、生の世界に戻ってきた妻の姿を思いやりに満ちた視線で描いた不思議な作品だった。

ハマスホイの作品。なかなか日本では見る機会がないけれど、とても良い展覧会でした。おすすめです。

展覧会のちらしはこちらから。

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