ジム・ジャームッシュ監督「デッド・ドント・ダイ」
世の中は、新型コロナ・ウィルスの感染拡大で大騒ぎである。今の時点で、例えば来年の今頃、僕がどう言う気持ちでこのブログを読み返しているのか(そもそも読み返すことができる状況にいるのか)想像がつかない。5年後はどうだろうか?例えば、今、時計を巻き戻して5年前の自分を思い出してみる。その当時に、今のような状態を予想していたかと言われれば自信はないが、少なくとも「想定内」だったような気はする。では、5年後の自分は「想定内」にいるだろうか。そこは正直、予想がつかない。
いずれにせよ、どうやら日本政府は明日「緊急事態宣言」を発し、これに従って首都圏や近畿、福岡の主要都市はより強い外出自粛と営業自粛を行いそうだということが分かったので、あわててジム・ジャームッシュ監督の「デッド・ドント・ダイ」を観に映画館に駆けつける。我ながらの不謹慎さに呆れるけど、1ヶ月、映画館が閉鎖されたら、多分、ジャームッシュ監督の作品はそのまま公開終了になるだろうな、と思うと、やはり映画館で見ておかなければ、と感じたのである。これで新型コロナ・ウィルスに感染でもしたらただのバカだということはよく分かっているんだけど。。。
もう少し余談を続けると、夕方の有楽町駅界隈にほとんど人通りがなく、立ち並ぶビルも電気がついているフロアはまばらで、すでに在宅勤務体制へのシフトがかなり進んでいることを実感した。映画館も、観客はまばら。チケット購入サイトも、座席指定画面が市松模様になっていて、隣り合った座席は予約できないようになっている。まあ、いずれにせよ、こんな時期に長時間、屋内の一つの空間に籠もって感染リスクを高めてまで映画を見ようと言う人はあまりいなんだけどね。。。客層は、圧倒的に男性が多い。しかも中高年中心。ジャームッシュの作品だからなのか、ゾンビ映画だからなのか、それとも感染症リスクへの男女の危機感の違いなのかは不明。
前置きが長くなったけど、ジャームッシュ監督の新作「デッド・ドント・ダイ」。カンヌのオープニングを飾りましたが、ファンには、いつものオフ・ビートなノリを楽しめる作品に仕上がっていました。
お話の舞台は、アメリカの田舎町センターヴィル。警察官が3人しかいない人口700人あまりの小さな町である。その警察署長クリフ(=ビル・マーレイ)と巡査ロニー(=アダム・ドライバー)は、パトロール中に奇妙な現象に気づく。太陽がなかなか沈まず、スマホや時計が突然動かなくなるのだ。ニュースによると、どうやらアメリカのエネルギー企業が政府のお墨付きを得て北極で実施した大規模工事が地球の地軸を混乱させ、世界的な異常気象が発生しているようだ。センターヴィルでも、動物たちが失踪しはじめる。ロニーは、「こりゃあまずい結末になる」と呟く。彼の不安は的中し、ダイナーのオーナーとウェイトレスが身体中を食いちぎられた姿で死んでいるのが発見される。ゾンビが復活したのだ。。。
映画は、ゾンビ映画の定番通り進んでいく。世捨て人として森で一人自給自足の生活を送るボブ(=トム・ウェイツ!)は月を見て「大気が乱れている」と呟き、謎の葬儀屋ゼルダは何もかも予想していたかのように不思議な振る舞いを始め、スプラッタホラーの定番のように若者3人組が町に立ち寄ってお約束通り怪しげなモーテルに泊まる。。。ゾンビが墓の中から這い出して彷徨する様も過去のゾンビ映画をしっかり踏襲している。
でもそこは、ジャームッシュ映画。真面目にゾンビ映画をするはずもない。そもそも、クリフとロニーがパトロール・カーで巡回中、「デッド・ドント・ダイ」がラジオから流れ出した時、クリフが「初めて聞くのにどこかで聞いたことがあるような気がする」と呟くと、ロニーが「テーマ曲だからだよ」とさりげなく返すところから、この映画、ただのゾンビ映画ではないぞという予感がふつふつと湧き上がってくる。
こうなると、ジャームッシュのオフビート感はどんどん加速していく。メルヴィルの「白鯨」が引用されるかと思うと、アダム・ドライバーに「スター・ウォーズ、いい映画だったわよ」と脈絡のないツッコミが入り、「キル・ビル」へのオマージュが捧げられたかと思うと、小津映画のようなゆるい繰り返しギャクが挿入される。大体、蘇ったゾンビは、生きていたときに執着していたものを求めると言う設定で、子供ゾンビはお菓子屋に殺到し、多くのゾンビはWi-Fiを求めて街中をさまようのである。これは笑える。
それにしてもジャームッシュという監督は不思議な監督である。ノワール映画、アクション映画、西部劇、ドラキュラ映画とジャンル映画の枠組みを踏襲しながら、独特のオフビートな演出によって気がついたら「ジャームッシュ映画」としか言いようのない世界を作り上げてしまう。ジャンル映画のようでそうではなく、ハッピィ・エンドなのか悲劇なのかも定かではなく、文明批評をしているように見えてふざけているようでもある、不思議な映画。その世界をある種体現しているのがビル・マーレイのとぼけた演技。そして、イギー・ポップ、トム・ウェイツ、RZAの常連ミュージシャンに久々のサラ・ドライバー!
この作品もUS Center Ville(「米国の中心の町」)を舞台にしていて、今の米国社会の病を批判しているように読めなくもない。「死者は死なない。そもそもあいつらは生きていなかったんだ。。。」という主題歌にもメッセージが込められているのかもしれない。でも、最後はただただ予想を超えて繰り広げられる物語世界に魅せられてそんな難しいことは忘れてしまう。
ジム・ジャームッシュ監督、いつまでも映画撮り続けてこの世界を深めていってほしい。。。