大林宣彦著「キネマの玉手箱」

例によって本屋をぶらついていたら、大林宣彦の「いつか見た映画館」が本棚に並んでいた。価格18,000円。A5版1368頁。かなり心が動いたけど、最後に理性が働いてとりあえず再考することにした。いくら何でも、これは高すぎるよね。

その代わりに、ユニコ舎の「キネマの玉手箱」を購入。安いし、手作り感のある装丁が気に入った。ほかにも大林宣彦本が棚には並んでいたけれど買う気がしない。やたらに字が大きい「最後の講義 完全版」、例によって趣味に走っている「映画秘宝 大林宣彦映画入門」、いつものように同人誌的に雑文をかき集めた「ユリイカ臨時増刊号 総特集=大林宣彦」・・・。出版不況とよく言われるけれど、読者のせいにする前に出版業界自身が我が身を振り返った方が良いと想う。これでは購買意欲が起きない。

閑話休題、「キネマの玉手箱」は、大林宣彦監督の肉声が伝わってくるよい本でした。彼の死後、NHKの特集番組やネット記事などで、既に知っている話が多かったけれど、例えば、彼がステージ4の肺がんで余命半年と宣告されたのになぜその後2本も映画を撮ることができたのかとか、大林宣彦監督が初めて映画を撮り出したきっかけとか、大林監督の戦争に対する姿勢とか、やはりきちんと文章として読むと面白い。何よりも、大林監督が、どの文章でも借り物でなく自分の言葉で考えを語っていることに感銘を受ける。まさに「肉声」である。そのオリジナルな発想と言葉が、彼に与えられた才能を物語っていると感じた。

でも、実は今回の最大の発見は、大林監督が、類い希な映画評論家であったという事実。正直、淀川長治さん並みに造詣が深いのである。映画についての文章を読んでいると、大林監督が心の底から映画を愛していたことが伝わってくるし、その半端でない知識に圧倒される。多分、大林監督は、映画を観るだけでなく、映画関係の本や資料にもかなりあたっていたんだろうなということが読み取れる。本当に映画と真剣に向き合った巨大な知性だったんですね。

それだけではない。その映画を観る眼が本当に鋭いのだ。例えば、バッド・ベティカー監督の「シマロン・キッド」の批評。監督としての視点で分析しているので、読んでいてはっとさせられる。少し長いけれど、引用しておきます。

ベティカーのカットの切れ味は見事です。映画というものはカットが少しでも長引くと冗漫になるんですけど、ベティカーはここで切るべきという、いちばん短い編集点で切るんですね。普通はたっぷりとディテールを描いてシナリオ以上のものを滲ませてやろうとして無駄話が多くなってしまうのですが、ベティカーは無駄話を一切しない。必要なものだけをパンと切るんです。時を経て、この映画を見たとき、ちょっと待てよ、これが本当の映画の演出ではなかったか、ジョン・フォードにこの切れ味があったら、もっと素晴らしい映画が撮れたんじゃないか。切り刻んで外に出てしまったエモーションが滲み出てくる映画なんですね。

「切り刻んで外に出てしまったエモーションが滲み出てくる映画」とは、なんて含蓄の深い言葉なんだろう。こういう風に映画を観、語ることができる評論家はなかなかいない。映画に向き合い、フィルムに定着された映像、動き、音、そして編集や照明のすべてを唯物論的に捉え、分析しようとする大林監督の視線は、本当に刺激的だ。

あるいは、黒澤明監督「生きる」の4Kデジタル修復版の感想。大林監督は、この映画を観て大発見する。主演の志村喬さんが2時間の間、瞬きひとつしていなかったのだ。再び、大林監督の言葉を引用しよう。

フィルムで撮った映画は、一秒間に二十四コマの静止画が換わる作業を繰り返すことでできあがるが、一秒のうち九分の四秒はフィルムの入れ替えのためにシャッターで被われていて、何も映っていないのである。つまり実際に映像が映っているのは一秒間のうち九分の五秒と言うことになる。この特性から、フィルムで作られた『生きる』では、志村さんが瞬きをしているように見えていた。

ところが、4K修復版では志村さんがずっと目を開けたままだったのだ。人は死んだら目を閉じる。それに対して、瞬きひとつしないで目を開けていることが、”生きる”ことの表現になっているのだと4K修復版で気づかされた。

この発見、さりげないように見えてすごいことではないだろうか。普通、人は映画を観ながら瞬きなどには気付かない。表情の変化やそこから読み取れる感情に注目するだろう。しかし、大林監督は、瞬きをしているかどうかまで含めてフィルムの細部を観ているのだ。しかもそれを演出の観点から分析する。これは面白い。

さらに、大林監督は、黒澤監督の「羅生門」における瞬きの変化を分析し、そこに黒澤監督の映画のフィロソフィーを見いだす。この分析もとてもスリリングなので、これを読んで面白いと想ったらぜひ本屋に駆けつけてください。

ということで、映画のみならず著作の魅力まで「再発見」してしまった大林監督。これは、しばらく禁欲生活覚悟で、「いつか見た映画館」買うしかなさそうだな。。。やれやれ。

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