梨木香歩著「家守綺譚」

梨木香歩「家守綺譚」を読む。梨木香歩さんの作品は、「うみうそ」を読んで、島の伝承世界と自然に沈潜し、そこから物語を立ち上げていく手法が印象に残っている。気になる作家のひとり。

「家守綺譚」は、文筆業で身を立てることを目指す綿貫征四郎が、亡き友人の家を預かって過ごす日々を綴った作品。田舎にある、緑の深い庭を持つこの古い家には、様々な異界の者たちが訪れる。不思議な能力を持った犬、怪しげな薬売り、河童、人魚、小竜、そして亡き友もぶらっと訪れたりする。

時代は、20世紀初頭の日本。まだ大学を卒業した「学士」が珍しかった時代。汽車や電気は通っているが、まだ異界のものが文明世界と自由に往来できた最後の時代。その懐かしい世界を、ゆったりと描いていく連作短編集。少しとぼけた感じで悠々と貧乏暮らしを続け、訪れてくる異界の者たちも何となく受け入れてしまう綿貫征四郎のキャラクターが愛らしい。特に悪さをするというわけでもなく、ふと日常世界に侵入してくる異界の者たちにも愛おしさを感じる。そして、時々乱入してきては、からかっているのか諭しているのよくわからないセリフを吐いてまたどこかに去ってしまう亡き親友の高堂。良い感じに物語は進んでいく。

そんなゆったりした物語の中で、梨木さんは、この世とあの世の境界について、自然の中に生きる人間のありようについて、四季の移ろいの背景にある大きな循環について思索を重ねていく。もちろん、それらは肩に力を入れて大声で語られるようなものではない。何も言わない異界の者たちとの触れ合いを通じて、ひっそりと感知されるものだ。その慎ましさが、さらに作品世界の魅力を増幅させる。

新型コロナウィルス感染拡大で、ぎすぎすした世情の中で読むと、いっそうこの世界の静けさとあたたかさが愛おしく感じられる。20世紀初頭、まだ文明世界のあちこちにひっそりと異界の者たちが潜んでいた時代の懐かしい物語。今度は、続編の「冬虫夏草」を手に取ってみよう。。。

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