アートを巡る旅 in 青森(3)国際芸術センター

2日目は、まず国際芸術センター青森へ。ここは、青森公立大学の付属施設で、アーチスト・イン・レジデンス事業で有名。宿泊棟と制作棟を備え、専門のギャラリー・スペースとオープン・シアター・スペースを持っている本格的な芸術センターである。周辺は深い緑に囲まれ、敷地内には散策路があり、さらにそこかしこに野外彫刻が設置されている。日本全国で35度以上の危険な猛暑で大騒ぎなのに、ここの空気は湿り気を帯びて冷ややかである。長期滞在してアート制作に打ち込むには理想的なスペースだと思う。建築・設計は、安藤忠雄さん。

安藤忠雄の建築は、いつものようにアプローチからひとつの世界を形作る。直島でも、天保山でも、淡路夢舞台でも、大山崎山荘でも、安藤さんの建築を巡ったことがある人であれば、その建築が遠く離れたアプローチから始まっていることに気づくだろう。視界をさえぎられ、なかなか建物の全貌が見えない中をゆっくりとその建物に近づいていくときの感覚。そのアプローチ自身が、建築への期待を高めることでアート体験の一部を構成しているというのが安藤さんの建築の重要なコンセプトだと思う。これは、国際芸術センター青森でも同じ。車寄せから、板で覆われた天蓋付きの長いトンネルのようなアプローチを歩み、深い森の空気を感じ取る中で、都会の生活を一時離れ、アートの世界にゆっくりと身を浸そうという意識が高まっていく。

そして水。安藤建築において、打ちっぱなしのセメント同様に、水は重要な要素となる。アメリカのフォートワース現代美術館や、水の教会、本福寺水御殿に行ったことのある人であれば、安藤さんが、水に囲まれた空間をいかに重視しているかが分かってもらえると思う。国際芸術センターも同じ。しかも野外劇場スペースを兼ねていて、狭いながらも舞台スペースがある。これを取り囲むように、オフィスやカフェ、そしてギャラリーが配置されている。池の向こうには深い森が見える。心地よい空間だと思う。

土日は平日より1時間遅れでギャラリーが開かれることを知らず9時過ぎに到着したので、まずは宿泊棟や制作棟を見学し、さらに野外彫刻を巡ることにする。安藤さんのトレードマークであるコンクリート打ち放しの建物が深い緑と不思議な調和を示している。モダンな直線の組み合わせと繰り返しのリズムが、建物を取り囲む木々と対照をなしているのが印象的である。散策路は苔と草で覆われていて、センター一帯がいつも湿った空気で覆われていることを感じさせる。多分、雨も多く、霧も深いのではないだろうか。維持管理が大変そうだけど、気温が上がらないので過ごしやすい。苔むした散策路を辿りながら、木々の間からふと現れる野外彫刻やインスタレーションを鑑賞するのは、なかなか気持ちのよい経験だった。ただ、あまりメンテナンスがされていないようで、作品によってはオリジナルの姿をとどめていないものがあったのが少し残念。野外作品だから仕方なんだけどね。

イ・ソンテク「作られた自然」
辻けい「青森ーー円2005」
河口龍夫「関係ー時の杖」

そして、ギャラリーへ。展覧会のテーマは「いのちの裂け目ー布が描き出す近代、青森から」。青森に伝わる裂織や刺し子、ボロなどの伝統工芸や民俗資料を活用したアート制作の試みである。

碓井ゆいの作品は、戦前の女子教育に使われたテキストを布で再現し、そこに古い家具や道具を組み合わせたインスタレーション作品を展開。これがとても面白い。布地に繊細な図像が織り込まれていて美しい。それが、小道具とともに並べられていると、不思議な懐かしさを感じる。雪の結晶が描かれていると思うと、家畜の解剖図や、電磁気の原理、蜘蛛の巣の仕組みなどが続く。一見、脈絡がなく、アーチストの趣味のままに描かれているように見えて、明治以降の近代化の中で培われた科学的精神を辿っていることがわかる。知識と科学と手の技が結びついて、産業の発展を目指した近代日本の姿が浮かび上がってくる。アートとしても文明批評としてもクオリティの高い作品だと感じた。

遠藤薫の作品もユニークだった。アジア各地の布についての調査を続けながら、アート作品としてのテキスタイルを制作している遠藤は、今回、巨大な布を織り上げ、さらにそれを使った様々なパフォーマンスを展開し、ビデオ作品としても展示している。このビデオが面白い、雪山を布を担いで上がり、橇にして滑り降りるパフォーマンス。あるいは、広場をパラシュートのように広げて走り回るパフォーマンス。布がパラシュートの役割を果たすはずはないけれど、その運動の無償性に心が動かされる。そうしたパフォーマンスの合間に、布を織るプロセスが挿入される。生活に密着した布と、アートとしての布。その組み合わせが刺激的だった。

こんな素晴らしい空間と企画展を満喫できるなんて、青森に来た甲斐がありました。でも、帰り際に熊出没の看板を発見。結構、散策路の奥深くまで歩いていたので、これには少々びっくりしました。もっと早く言ってよ。。。

浅井祐介「植物になった白線@ACAC」
シェア!

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。