ジェームズ・キャメロン監督「アビス」

BSでジェームズ・キャメロン監督の「アビス」が放映されたのでつい観てしまう。1989年の作品。キャメロン監督は、「ターミネーター」でブレイクし、「エイリアン2」でその演出手腕を認められて80年代のSF映画を代表する監督の1人となる。「アビス」は、勢いに乗ったキャメロン監督が満を持して発表した作品。巨大な水中セットを作って撮影した海中画面は公開前から話題になった。

物語は、多分、紹介する必要もないだろう。アメリカの原子力潜水艦が作戦行動中に未知の海洋生物と遭遇し行方不明となる。この救出のために、現場近くの海域で石油採掘作業に当たっていたバッド(=エド・ハリス)達が動員され、米海軍SEALSのメンバーとともに捜索に向かう。深海の中で彼らが遭遇したものは・・・。

今回放映されたのは、171分の完全版。正直、長い。140分の公開版でも長いと感じたけど、さらに冗長になっている。キャメロン監督の思い入れが深い分、観る方は退屈してしまう。とはいえ、海中撮影の美しさは、やはり今観ても感動する。映画はデジタル化で何でも表現できるようになったけれど、その代わりに、こうした実際の撮影が持つ現場感というか手触り感を失ってしまった。それが良いことかどうか分からないけれど、久しぶりにこうやって80年代のテクノロジーで撮られた映画を観ると結構新鮮である。

今回、見直す気になった理由はただひとつ。バッドが、別れた妻のリンジー(メアリー・エリザベス・マストラントニオ)と海中ポッドの中に取り残される場面。海中ポッドには、1人分の潜水服と酸素ボンベしかない。海中ポッドが浸水してくる中、リンジーは、ポッドに酸素ボンベを渡し、低水温で仮死状態であれば数分間は呼吸しなくても蘇生は可能だから自分を連れて潜水艇に戻ってほしいと頼む。やむを得ず、何も身につけないリンジーを連れてバッドは深海を泳いで潜水艇に向かう。到着後、すぐに人工呼吸をし、電気ショックなどの蘇生治療をリンジーに施すバッド。最初は反応を示さなかったリンジーだが、やがて息を吹き返す。

この場面は、いつ見ても感動する。人が、自ら仮死状態に入ることで相手の命を助けようという行為。究極のかけであり、究極の愛情表現だと思う。最初にこの場面を映画館で観た時は、結構、衝撃だった。このシチュエーションは、その後、様々な映画で引用されている。印象的だったのは、ピーター・ジャクソンが96年に撮った「さまよう魂たち」。この映画でも、マイケル・J・フォックスは、仮死状態になることで愛する者を救おうとする。そのオリジナルがこの映画だと思う(もしかしたら、キャメロン監督も、以前の何かの作品を引用しているのかもしれないけれど。。。)。これだけでも、映画史に残る作品だと思う。

今回、見直してみて、この映画の隠されたテーマが「液体呼吸」にあることに気づいた。ウィキペディアで調べてみると、肺呼吸を行う動物への生体実験は実際に行われており、アビスの前半でも、ネズミを液体呼吸用の液体につける場面が出てくるが、そこでも使用されたらしい。まだ実用化はされていないようだけど、これが実用化されれば、人間は潜水病から解放されるわけだから、水中利用が格段に発展するだろう。このあたり、自身もダイバーのキャメロン監督らしいこだわりを感じる。

言うまでもなく、この「液体呼吸」の映像は、その後、「エヴァンゲリオン」で繰り返され、さらにギレルモ・デル・トロの「パシフィック・リム」シリーズで繰り返される。水中で呼吸ができないという恐怖感と、生まれる前の羊水に戻ったような安心感のアンビバレンスが液体呼吸にはある。現代を代表する映像作家が、この液体呼吸にこだわることに、何か現代人の深い精神の深淵を覗いてしまうような気がするのは僕だけだろうか。

余談だけど、この映画のテーマのひとつは、核戦争による人類滅亡の脅威。SEALSの大尉は、ソ連による攻撃を疑わず、核による反撃を試みる。いったん、核が発射されれば、世界は核戦争により全滅することが分かっているにもかかわらず、である。その恐怖感の生理が映画に出ていて、不謹慎な言い方だけど懐かしい感じがした。多分、1989年以降に生まれた世代にとって、その感覚は理解できないだろうと思う。ベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終了する以前の世界は、常に一触即発の緊張感をどこかで保っていた。それは、東ドイツであれば、ソ連であれ、中国であれ、ベトナムやミャンマーであれ、当時の共産圏に一度でも旅行したことがある者にとっては、生々しい体験だった。自分たちとは異質の体制の世界に足を踏み込むというひりつくような不安感を伴う経験は、グローバル化が進む現代では、多分、想像もできないだろう。そういうことを思い出すことができたのも収穫だった。たまには、80年代の映画を見直すのも悪くはない。

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