井上梅次監督「嵐を呼ぶ男」

BSで井上梅次監督の「嵐を呼ぶ男」が放映されたので何気なく見始めたら結局、最後まで見てしまった。1957年の作品。石原裕次郎は、この前年に「太陽の季節」でデビューし、その後、「狂った果実」で主役に抜擢される。その後、「嵐を呼ぶ男」に主演するまでに、「鷲と鷹」、「俺は待ってるぜ」など主演、助演あわせて10数本に出演している。映画産業の最盛期とはいえ、いかに彼が時代の寵児になっていたかがよく分かる。

物語は、今更説明するまでもないだろう。舞台は銀座。ジャズバンドのプロモーター福島美弥子(=北原美枝)は、これまで手塩をかけて育て、恋人でもあった人気ドラマーのチャーリー・桜田が急にライバル事務所に移籍したため、急遽、流しのドラマーの国分正一(=石原裕次郎)を起用する。正一は、弟の英次を可愛がっていたが、母との関係がうまくいっていない。母は、二人の息子と自分を置き去りにして出て行った夫を許すことができず、その血を引いて、音楽の才能はあるが激しやすい正一を嫌っていた。正一は、母に認めてもらうために、日本一のドラマーになることを決意する。やがて、彼の実力は認められるようになり、チャーリー・桜田とのドラム対決の機会が巡ってくるが・・・。

映画というのはつくづく不思議なものだと思う。見る時代によって、まったくその相貌が変わってくる。僕が、80年代に名画座でこの映画を初めて見た時は、ただひたすら「昭和」を感じた。貧乏な母子家庭。これと対照的に裕福なプロモーター美弥子の家庭。銀座を舞台に、ライバル関係にある事務所同士が敵対し、気に入らなければ暴力に訴える・・・。昭和と言う時代を濃厚に感じさせる舞台設定と、男の恋と意地の物語というのが僕の第一印象だった。

それから、何度かこの映画を観ていて、徐々に見方が変わってきた。一つは、日活アクション映画の世界という見方。いつものセットといつもの役者がいつものように恋と喧嘩と裏切りを重ねていく。悪役はあくまでも憎々しく卑劣で、裕次郎はすらっとした姿態で派手なアクションを繰り広げる。有名な「嵐を呼ぶ男」の主題歌を歌い始める時の裕次郎のアップ。お決まりのように、肉体派の女優が肌もあらわに激しいダンスを披露する。すべてが予定調和的に進行していくプログラム・ピクチャーの世界。

でも、今回、改めて見直して、新しい魅力を発見した。実はこの映画、とても良質な音楽映画だったんですね。とにかく流れる音楽が心地よい。冒頭、いきなりプレスリーなみのロカビリーで幕を開ける。裕次郎が登場する留置所の場面では、牢獄の鉄格子を裕次郎がスティックで鮮やかにリズムを刻み、さらにスタンダード・ジャズからマンボ調のダンス・ミュージックへと転じていく。そこからは、ピアノソロあり、ほとんど和太鼓のノリのドラムソロあり、もちろんドラム対決の場面では歌謡曲が入る。極めつけは弟の英二が晴れ舞台で指揮するガーシュインばりのフル・オーケストラ。ベテランの映画音楽作曲家、大森盛太郎の手腕が遺憾なく発揮された、メロディアスだけどどこか20世紀的前衛の音響も混じる交響曲。

今更ながらだけど、この映画が音楽という基本テーマを巡る物語だということに気づかされる。母親は、音楽の素晴らしさを理解せず、音楽に夢中になっている息子達に苦々しい想いを隠せない。彼女は、何度も「おたまじゃくしを書くことの意味が理解できない」と呟く。しかし、最後には、英二の演奏会で音楽の素晴らしさに気づき、それによってこれまで辛く当たってきた正一と和解するのだ。この映画は、英二の音楽を同時に聴きながら、離れた場所でそれぞれに感動の涙を流す母と息子の顔を映し出すことで終幕を迎える。今まで反発し合っていた二つの魂が、音楽という共通体験を通じて和解する物語。そこには、おそらく井上梅次監督も夢中になったジャズやロカビリーへの限りない愛が感じられる。

さすが、職人の井上梅次監督の演出はそつがない。日本映画の黄金時代を飾った5つの映画会社すべてで監督し、さらに香港に渡ってショウ・ブラザーズでも映画を監督したこの越境する映画人は、早撮りの職人監督の役割をしっかりと守りながらも、そこに「映画」としか言いようのないなにかを刻みつける。

それだけではない。プロモーターの美弥子は、1957年という時代にもかかわらず、父の会社を継いで何とかプロモーターとして成功しようと奔走する自立した女性である。モデルはナベプロの立役者の1人、渡邊美佐とのこと。彼女は、うだつの上がらないミュージシャンの兄を支え、才能はあるが荒削りの正一を一流にするためにドラムの特訓を課す。愛する男に去られても涙など流さない。こんな美弥子をはじめとして、この映画の女達は、逞しく自立しており、男達のように裏でこそこそ取引したり、数にものを言わせて暴力を振るったりもしない。そういう女性達の描き方も心地よい。

たまにはこうして昔懐かしい映画を見直すのも悪くない。

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