オットー・プレミンジャー監督「バニー・レイクは行方不明」

BSシネマで放映されたオットー・プレミンジャー監督の「バニー・レイクは行方不明」を見る。1965年の作品。出演は、ローレンス・オリヴィエ、キャロル・リンレー、キア・デュリア。心理サスペンスの傑作。これはすごい。
物語は、兄と共にアメリカからロンドンに引っ越してきたアン・レイク(=キャロル・リンレー)が、娘のバニーを保育園に連れて行くところから始まる。保育園の対応は悪く、担任の先生が来るまで待つように言われる。引っ越し荷物が届くまでに家に戻らなければならないアンは、やむを得ず給食担当の女にバニーを託して自宅に戻る。無事、引っ越しも終わり保育園にバニーを迎えに戻るアン。しかし、バニーの姿は見つからず、保育園の者たちもバニーを見た記憶がないという。唯一、バニーを見たはずの給食担当の女は、その日、突然退職していなくなっていた。パニックに陥ったアンは、兄のスティーブン(=キア・デュリア)に助けを求める。スティーブンは、警察に通報し捜査が始まる。しかし、バニーの手がかりはなく、逆に担当のアンドリュー捜査官(=クライブ・レヴィル)とニューハウス警部(=ローレンス・オリヴィエ)は、アンの精神状態を疑い始める。バニーを見た者が、誰もおらず、アメリカから乗船したはずの客船名簿にもバニーの名前が見当たらなかったからだ。。。
最初は、単なる女の子の失踪事件が、誘拐事件に変わり、さらには精神的に不安定な女の心理サスペンスへと変化する。この奇想天外なストーリーをリアルにするのが、白黒画面に定着されたアンの不安げな表情。さらに保育園の最上階で暮らす謎めいた老女や、引っ越した家の持ち主で詩人の男などが、奇矯なふるまいでアンを心理的に追い詰める。冷静に事態を収拾しようと奔走する兄のスティーブンも、時に感情を暴発させて不安感を高めていく。そもそも、バニーの父親は誰なのか、なぜアンは夫ではなく兄のスティーブンと二人でロンドンにやってきたのか。。。
脚本も演出もカメラワークも、すべてが緊密に絡まり合いながらサスペンスを盛り上げる。特に、カメラがすごい。陰影の濃い白黒画面で、クローズアップを効果的に使いながら、登場人物の歪んだ心理を浮かび上がらせていく。これ見よがしの狂気ではなく、日常のふとした仕草からこぼれ落ちる非日常的な心の闇。だからいっそう、恐怖がかき立てられる。
こうしてこの映画は徐々に非日常の狂気の世界に入っていくだろう。バニーが存在していたことを証明しようと、アンは修理のために預けておいたバニーの人形を深夜、一人で引き取りに行く。幸い、工房の主人はまだ寝ておらず、引き取りたければ自分で持って行きなさいと親切に言ってくれる。一人、深夜の人形工房に入り、バニーの人形を探すアン。暗闇の中に浮かび上がる壁一面の人形が恐怖をかき立てる。。。
最後に映画は、意外な結末を迎える。その時、観客は、映画の冒頭の場面の意味を知ることになる。この映画は、誰も乗っていないのに揺れているブランコの側をスティーブンが横切り、落ちていた人形を拾ってそのまま引っ越し準備を終えた部屋へと入っていく場面から始まった。人がいないのに揺れているブランコ。この作品は、誰がこのブランコに乗っていたのか、そもそも誰かがこのブランコを漕いでいたのだろうかという問いを巡って解釈を何重にも錯綜させながら、最後に再び揺れるブランコのイメージへと回帰して終わる。もちろん、結末のブランコは圧倒的な狂気のイメージである。これぞ映画的醍醐味!
オットー・プレミンジャー監督の作品、僕は「帰らざる河」ぐらいしか見ていないけれど、傑作の誉れ高い「ローラ殺人事件」からはじめて、「黄金の腕」、「ある殺人」など、本格的に見直さなければと実感。濃密な映画体験でした。