「奇才:江戸絵画の冒険者たち」展@あべのハルカス美術館

あべのハルカス美術館で「奇才:江戸絵画の冒険者たち」展を観る。本当は東京で観たかったのだけど、仕事が詰まっていて時間がとれなかった。大阪展の方もそろそろ会期終了が迫ってきたので慌てて駆けつける。

この展覧会は、昨年開催された「奇才の系譜 江戸絵画ミラクルワールド」のいわば続編。「奇才の系譜」は、美術史家・辻惟雄の名著「奇才の系譜」をベースに、岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曾我蕭白、長沢蘆雪、歌川国芳、白隠慧鶴、鈴木其一の8人の作品を取り上げた展覧会だった。江戸絵画の豊かさと斬新な発想の魅力を満喫できる展覧会だったと言えるだろう。

では、今回の「奇才:江戸絵画の冒険者たち」展はその二番煎じかというと決してそうではない。辻先生の弟子の山下裕二を中心に、江戸絵画の専門家に幅広く声をかけ、これまで光が当たってこなかった地方の絵師の知られざる傑作や、これまでは正統な絵画史の系譜に連なるとみなされてきた絵師の奇想あふれる作品を集めて、新たな奇才の世界を発掘して見せた画期的な展覧会となっている。

取り上げられた絵師には、葛飾北斎や河鍋暁斎のような有名の絵師も含まれる。考えてみれば、彼らの作品もこれまでの伝統を破壊して新たな表現を導入した点では当然、奇才の系譜に入れてよいはずである。北斎のパトロンで自身も妖怪画を描いた高井鴻山、禅画の仙厓なども入っている。さらに、円山派の巨匠・円山応挙のダイナミックな雲龍図や徹底したリアリズムを追求した人物正写惣本、狩野派を継承する狩野永楽の熊鷹図屏風なども展示されていて、正統な絵画史に連なる絵師達の意外な一面を見せてくれる。

そして、自由な発想で戯画を描いた耳鳥斎や、南画の系譜に連なりながらシンプルな線で異形の昆虫や妖怪を描いた林十江、残虐な歌舞伎絵を色彩豊かに描いた絵金、細密な筆さばきで虎や鷹の屏風絵を描き続けた片山楊谷など、これまで知る機会のなかった画家達の作品。江戸時代にこんな斬新な表現を行っていたのか、と思わず見とれてしまうユニークな作品の数々に触れることが出来たのも収穫だった。

膨大な作品を見ながら、改めて江戸絵画の豊かさに圧倒される。江戸幕府の支配下にあり、封建的な文化統制の中で自由や創造性が抑圧されていたと思われていた江戸社会だけど、少し視線を凝らせば、伝統や慣習に捕らわれずにただ自分たちの想像力とインスピレーションだけを羽ばたかせて新たな造型に挑んだ「奇才」たちが活躍した社会でもあった。もちろん、これを可能にしたのは、富を蓄えた武家・公家以外の町人や地域の有力者たちの支援があった。アートを生み出すのは個人の才能だけど、それを可能にするのは資金の多様性の裏付けがなければならないのは言うまでもない。

そして、流派や様式をベースにした美術史がいかに貧しいかと言うことを実感する。やはりアートは個人に属するものだ。様々な技法や形式を学びながらも、それを打ち破る形で表現されてしまう過剰なもの、これがアートだ。それは、近代以降に特有なものではなく、江戸社会のような安定した豊かな社会であれば、いつでも可能なものである。今の目から見れば、特定の流派の技巧を凝らした完璧な作品よりも、こうした個人の即興と興趣にのって描かれた作品の方が魅力的である。そんなことを改めて認識させてくれたという点で、今回の展覧会は素晴らしいものだったと思う。

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