いとうせいこう著「小説禁止令に賛同する」

いとうせいこうの「小説禁止令に賛同する」が集英社文庫になったので早速購入する。うーん、すごい。いとうせいこうさんは、「ノーライフキング」以来の付き合いで、「想像ラジオ」「存在しない小説」「鼻に挟み撃ち」「我々の恋愛」と圧倒的に面白い作品を発表していて、僕は熱烈なファンだけど今回はさらに熱狂度がアップした感じ。

物語の舞台は、2036年。どうやら日本は亜細亜連合との戦いに敗れて中国の支配下にあるようだ。この時代、小説は当局により禁止されており、文学者の多くは筆を折るか投獄を余儀なくされている。そんな中、作家の「わたし」は、小説禁止令に賛同し、小説の撲滅に向けて積極的に貢献するために、独房で小冊子「やすらか」への連載を開始する。「やすらか」とは、当局により拘束されている文学者達の文章をまとめたものだった。。。。

読み始めたら面白すぎて一気に最後まで読み切ってしまい、ため息をついてしまった。一体、どうすればこんなことが可能になるのだろうか。「小説禁止令に賛同する」というタイトルの通り、この作品は「わたし」が小説禁止令を積極的に推進するために、小説の欺瞞と危険性を徹底的に暴き、その罪悪を白日の下にさらすべく「やすらか」に投稿した記事をまとめたものという体裁を取っている。冒頭から、このテキストは「小説」ではなく「随筆」であると断言すらしているのだ。にもかかわらず、この作品はどう考えても小説であり、しかも圧倒的に物語の魅力に満ちた小説になっている。なんでこんなアクロバティックなことが可能なのだろう。

それだけではない。ここに描かれている日本は、放射能汚染で人が住めず、何度もの戦乱で都市部は破壊され、さらに森林の乱伐で国土が荒廃しきった国である。人びとの心はすさみ、文化大革命時代の中国のように、知識人は人びとの手でリンチに架けられる。まさにディストピア小説である。

さらに、この小説は、とても鋭利な分析を行う小説論としても読むことが出来るし、あるいは作品の中に作品が入れ子構造で入るメタ小説でもあり、そして現代日本を風刺する批判小説でもある。妻に対する愛や失われた故郷に対する望郷を語った随筆ともなる。この作品の中で語られる「月宮殿暴走」という作品は、説話の体裁を取りながら極めてラディカルな実験小説でもある。

文庫本でわずか200ページに満たない本なのに、こんなに多層的な仕掛けに満ちた作品になっているなんて、ほとんど奇跡である。いとうせいこうさんの鮮やかな手腕にただただ舌を巻く。

それだけではない。この作品は2017年に雑誌「すばる」に発表された。それからわずか数年で文庫になったわけだけど、初出からわずか3年の間に日本が大きく変容したことを改めて実感させる作品でもある。思い起こせば、2017年のNHKクローズアップ現代への圧力、共謀罪の成立から、さらなるメディアへの締め付け、そして2019年の愛知トリエンナーレ「表現の不自由展」をめぐる騒動、今年に入っての日本学術会議委員任命拒否問題などなど、この数年間で日本は急激に「いやな感じ」に変わりつつある。その典型例が、「自粛警察」や「SNS炎上・リンチ」である。この動きに呼応する形で書き上げられた本書が、単行本から文庫へと読書層を拡大するよりもさらに速い速度で、この小説が描くディストピアが実体化しつつある現代日本。その怖さと、来たるべき未来を予防するためにも、ぜひこの本は広く読まれてほしいと思う。

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