大林宣彦監督「理由」

大林宣彦監督の「理由」を見る。2004年の作品。もともとはWOWOWのドラマWで放映されたものが、アスミック・エースの配給で劇場公開された。原作は宮部みゆきの同名小説。ある殺人事件をめぐる107人の証言で構成された原作は映像化不可能と言われていたが、大林監督は律儀に小説の構造をそのまま映像化し、証言を重ねるというラディカルな手法で映画化してしまった。やはりこの人はすごい。107人の証言だから、当然、登場人物は多数にのぼるが、大林組の役者が総出演する感じで撮りきった。当時監督は既に66歳。いやはやすごいパワーだと改めて圧倒される。

物語は、荒川区の高級タワーマンションの一室で家族4人が殺害されるという事件をめぐって展開する。捜査が進むうちに、殺されていた4人は全くの他人同士であり、さらにその部屋の持ち主でもないことが判明する。では、彼らはなぜ他人の部屋に住んでいたのか。そもそも彼らは何者だったのだろうか。。。

物語は、ドキュメンタリーの体裁を取って進んでいく。ドキュメンタリー映画の製作者は、事件に関係する人たち1人1人にインタビューを行いながら、事件の真相に迫っていく。やがて明らかになる衝撃的な事実。さらに、映画は、ドキュメンタリー映画を撮影しているクルーも画面に取り込み、メタ映画の様相を呈してくる。そして。。。

長い物語であり、膨大な証言が積み重ねられていくのに、一瞬も飽きさせない演出。俳優もスタッフも、大林組で固めているからこそ、こんな複雑な構成を持った映画を中だるみさせずに作り上げることが出来たのだろう。しかも、大林監督は、単に物語を辿るだけでなく、そこに東京という町の記憶を色濃く浮かび上がらせる。そもそも、この映画は、荒川区という街の長い歴史から説きおこされるのだ。はるか江戸時代から始まり、明治における開発と災害、戦後の混乱と復興などが語られた後でようやく物語は幕を開ける。この映画は、疑似家族をめぐる物語であると同時に、そのような疑似家族を生み出してしまった東京という街をめぐる思索でもある。

だから、この映画には繰り返し、下町の懐かしい風景が描かれるだろう。荒川区にそびえ立つ高級タワーマンションと、ごちゃごちゃしているけれど人のつながりと活気にあふれた下町の対比。登場人物のほとんどは、こうした下町の食堂や木賃宿やおもちゃ屋を営む庶民である。そこは、タワーマンションの、ほとんど隣人とのつながりも希薄な孤独な暮らしの対極にある。

大林監督の演出は、いつものように鮮やかである。映画は、一見すると普通のドラマのように物語を進行させながら、不意に登場人物がカメラに向かってしゃべり出すという実験的な手法で進められる。物語が進行していくうちに、それがドキュメンタリー製作チームのカメラに向かってしゃべっているのであり、ドラマのようなふるまいはドキュメンタリー製作チームの要望による再現ドラマということが明らかになるが、ドラマを演じていた俳優達が不意にカメラに目を向けるという演出は、往年のヌーベル・ヴァーグの映画を彷彿とさせて斬新である。さらに、物語が進行していくにつれて、再現ドラマは回想場面と交わり、今、眼前に展開されている画面が、ドキュメンタリー映画で撮影されているものなのか、それとも現実に過去に起きた事件なのかが曖昧になっていく。大林監督お得意の「嘘から出た誠」、「虚実皮膜」の世界が展開されていく。

出演する俳優達が、女優も含めてすべてすっぴんで出演しているのもユニーク。これによって、映画はよりリアリティを持つことになる。それが、疑似家族という荒唐無稽な設定に真実味を与え、さらに現実にふと紛れ込んでいる非日常的なエピソードの特異さを浮き彫りにし、最後にマンションから落下/飛翔する男の強烈なイメージの幻想性を際立たせるだろう。本当に天才としか言いようがないすごい作品だと思う。

登場する俳優も豪華である。岸辺一徳、久本雅美、風吹ジュン、寺島咲、柄本明、渡辺えり、菅井きん、小林聡美、古手川祐子、加瀬亮、多部未華子、ベンガル、立川談志、石橋蓮司、麿赤兒、柳沢慎吾、小林稔侍、宮崎あおい、永六輔、片岡鶴太郎、山本晋也、嶋田久作、宮崎あおい、木野花、根岸季衣・・・。

特に印象的なのが、宮崎あおい、多部未華子、寺島咲などの少女達。やはり大林監督は美少女を撮るのがうまい。彼女たちのもっとも良質な部分を引き出す天賦の才能を持っている。寺島咲が旅館のサンダルをカタカタ鳴らしながら下町を駆け抜け、ふと立ち止まって「なんで私が泣かなきゃならないんだろう」と呟いて再び交番に向かって駆け出す場面は、さりげないけれどとても感動的な場面だった。この場面に、大林監督の「ひとつの殺人事件が、多くの人たちをつなぐことになった」というメッセージが集約されていると感じる。この物語は、都会に住む人びとの孤独をテーマとしながら、まさにこの場面が示しているように、その孤独がもたらした悲劇を通じて、もう一度人びとがつながりを回復させる物語でもあるのだ。

僕は、この作品をDVDで借りたんだけど、そこには「理由が撮影された理由」という特別映像も収録されている。大林監督自身のナレーションによるメイキング・ビデオだけど、スタッフ、俳優、そしてこの物語と映画に対する大林監督の深い愛情と洞察を感じさせる良質なもので、これを見るだけでも価値がある。必見の名作です。

予告編はこちらからご覧下さい。

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