ジェームズ・マンゴールド監督「フォードvsフェラーリ」
思い立って、去年、仕事で忙しくて見逃した映画をビデオで観ることにする。まずは、ジェームズ・マンゴールド監督の「フォードvsフェラーリ」。出演は、マット・デイモン、クリスチャン・ベール、カトリーナ・バルフ他。
いきなり横道にそれて恐縮だけど、僕がジェームズ・マンゴールドに出会ったのは、ずっと前に国際線の長旅の機内上映でたまたま観た「ウルヴァリン:SAMURAI」が最初。エコノミークラスの小さな画面と質の悪いイヤフォン、しかもアメリカ系の航空会社だったので日本語字幕なしという最悪のコンディションだったにもかかわらず、即座に僕はこいつはただ者ではないと直感した。ウルヴァリンが、日本のヤクザと広い日本家屋で戦う場面に感動したからだ。ヤクザが振りかざす日本刀をかいくぐりながらウルヴァリンが日本家屋に特有の柱と襖の間を抜けて疾走する。その構図、空間、そしてアクションの呼吸はまさしく日本映画の黄金時代の大映チャンバラ映画のものだった。X-Menという荒唐無稽のSF映画シリーズの一作を舞台に、日本映画が培ってきたサムライ映画と忍者映画への深い敬意とオマージュを捧げる映画を涼しい顔をして作ってしまう男。映画好きなら、誰でもこいつはただ者ではないと分かるだろう。
実際、彼のフィルモグラフィーを辿っていくと、この人は本当にただ者ではないことが分かる。「カッコーの巣の上で」というよりむしろ「ショック集団」へのオマージュを捧げた「17歳のカルテ」。サスペンス映画に多重人格ものを組み込んで新たな映画世界を切り拓いた「アイデンティティ」。デルマー・ディヴィスの傑作「決断の3時10分」に深いリスペクトを捧げながら西部劇を現代に復活させてしまった「3時10分、決断のとき」。ミュージカル映画の新たな可能性を切り拓いた「グレイテスト・ショーマン」。そして、あろうことかX-Menの舞台を借りて、西部劇へのオマージュを捧げてしまった「LOGAN/ローガン」。彼は、作品ごとに、これまでの映画ジャンルに深い敬意を示しつつ、これを乗り越える新たな映画を作り続けてきた。伝統と破壊。およそ才能ある人間であれば、誰でもが実践したいと思いつつ、なかなかブレイクできない壁を、1作ごとにジャンルを超えてやすやすと成し遂げてしまうのがジェームズ・マンゴールドなのだ。
もちろん、「フォードvsフェラーリ」にもこれは当てはまる。意識されているのは、たぶんスティーブ・マックイーンが情熱を傾けて製作し、自ら主演した「栄光のル・マン」。「栄光のル・マン」は、モーター・スポーツ関係者からは高く評価され、実際、レース場面は今見ても迫力があるけれど、人間ドラマの方が弱くて興行的には失敗した。では、「ル・マン」をはじめとしたモーター・スポーツを気軽にテレビで観ることが出来るようになった現代において、モーター・レースの醍醐味と人間ドラマを満喫できる映画はいかに可能なのか?ジェームズ・マンゴールドの答えがこの映画である。そして、いつものように、この試みは成功している。やはりジェームズ・マンゴールドは映画を理解している。
「フォードvsフェラーリ」は、1966年のル・マン24時間耐久レースで王者フェラーリに挑戦したフォードのチームの物語。チームを率いるのは、1959年のル・マンでアメリカ人として初めて優勝したレーシング・ドライバー、キャロル・シェルビー(=マット・デイモン)。キャロルは、その後引退して理想のスポーツカーを作るために会社を設立し、カーデザイナーとして成功していた。ある日、フォード自動車の副社長リー・アイアコッカが彼を訪ねてきて、ヘンリー・フォード2世が、ル・マンに参戦してフェラーリを倒したいと考えていると伝える。キャロルは、NASCARで孤独な戦いを続けていた天才ドライバー、ケン・マイルズに声をかける。二人は、フォード自動車内の重役たちの介入に耐えながら、独自のコンセプトによるGT40の開発に成功し、ル・マンに参戦する。。。。
文句なしの傑作である。一瞬たりとも観客を飽きさせない。キャロルとケンの友情、ケンを支える家族の愛、車のことなど何も理解していないフォードの重役達の陰湿な嫌がらせ、誇り高きフェラーリのプロフェッショナリズム・・・・。何よりもレース場面の緊張感あふれる駆け引きとピッチでの緊迫した整備競争がリアルである。24時間、延々とサーキットを回り続ける過酷なレース。一瞬でも気を抜けば事故につながり、だからと言ってスピードを落とせば容赦なく相手チームが追い越しにかかる。さらに長時間耐久レースのためにレーシング・カーのコンディションにも細心の注意を払わなければならない。そうした細部を積み重ねつつ、極限のスピードの世界を画面に定着させる。ジェームズ・マンゴールドは本当にうまいと思う。
もちろん、マット・デイモンはいつものように冷静沈着でタフな男を演じ、クリスチャン・ベールは、変わり者でレースと車のことしか頭にない天才レーサーをしっかりと演じる。特に、クリスチャン・ベールの、演技は秀逸。マニアックな天才を演じさせたら、クリスチャン・ベールは最高である。さらに、ケンの奥さん役のカトリーナ・バルフが良い味を出している。さすが、モデルのキャリアが長いだけあって美しい。しかも、時には夫婦げんかして自家用車を暴走させるワイルドな側面も見せ、時には失意に沈むケンを励ますために工場で彼を優しく抱きしめる愛情深さを見せる。良い役柄だと思う。
これも余談だけど、映画の中で、キャロルがヘンリー・フォード2世に「委員会方式では戦いに勝てない」と言い放つ場面がある。そのセリフに深くうなずきつつ、この言葉は今の日本映画界にそのまま当てはまるなと感じた。誰も責任を取ろうとせず、思いつきを語るだけの委員会方式で映画を作っている限り、映画のことなど何も知らない広告会社のマーケット・リサーチの数字に踊らされて何の面白みもない最大公約数的な作品しか生まれてこない。映画もレースも、その世界に深く精通したプロフェッショナルにすべてをかけるしかない。たとえ、そのプロフェッショナルが、どれだけ世間の常識から外れてしまっていても、それは才能とは何の関わりもないことなのだから。
ジェームズ・マンゴールド監督は、なんと「インディアナ・ジョーンズ5」の撮影に取り組んでいるらしい。今度は、アドベンチャーもののジャンルに挑戦するのか。。。今から公開が待ち遠しい!