ウィリアム・A・ウェルマン監督「戦場」

BSシネマで録画してあったウィリアム・A・ウェルマン監督の「戦場」を観る。1949年の作品。出演は、ヴァン・ジョンソン、ジョン・ホディアク、リカルド・モンタルバンなど。

不勉強の僕は、ウェルマン監督についての知識も、「戦場」という映画の情報も全くなしに観始めたんだけど、映画の不思議な手触りに引き込まれて最後まで夢中で観てしまった。こんな隠れた名作があるんですね。今回もしみじみBSシネマの有り難さを痛感しました。BSシネマで放映されなければ、絶対に観る機会のない名作!

映画の舞台は、第二次世界大戦末期のベルギー・バルトーニュ。ドイツ軍がバルジの戦いで反転攻勢を仕掛ける中、要衝の地バストーニュを守るために霧が包む森に布陣する米軍部隊の日々を描いた作品。

こう書くと、過酷な戦場の様子を描いた映画のように思われるかもしれない。でも、この映画の主題は、むしろそうした状況の中でも淡々と日常を送る軍隊生活の方にある。もちろん、戦場である以上、敵襲があり、空爆があり、白兵戦もある。部隊の仲間が戦死することもあれば負傷することもある。しかし、映画は同時に、兵士の日常も淡々と描く。それは、延々と続く行軍と塹壕掘り、雪が降りしきる極寒の状況での野営、現地の女たちとのささやかな交流、あるいは敵襲に怯えながらもどこかのどかな歩哨番などである。

そもそもこの映画の冒頭もユニークである。米国から送られてきた補充兵が、自分が所属することになる部隊の訓練を見ている。それは、一糸乱れない行進と、軍曹がリードする軍歌。行進の足音のリズムと軍歌が完璧にあっていてまるでミュージカルを見ているようだ。行進も、方向転換の際の切れのある身振りなど、群舞をみているような躍動感がある。かと思うと、軍曹の「休め」の合図と共に、いきなり部隊はだらけて雑談を始める。その緩急自在の演出が鮮やかで思わず映画の世界に引き込まれる。さらに、このリズムと音楽は、消灯前の宿舎に引き継がれるだろう。熱心に軍靴を磨く兵士が立てるキュッ・キュッという軽快な音を背景に、兵士たちが思い思いに発言し、あるいは宿舎に出入りする。喧噪であるにもかかわらず音楽性も感じられるという不思議な映像。しかも、新たな兵士が宿舎に入ってくる度に、新米の補充兵はベッドを追い出されて寝る場所を改めて探す羽目に陥る。その理不尽な仕打ちの繰り返しが笑いを誘いつつ、しっかりと主要登場人物のキャラクター紹介も行ってしまうと言う洗練された演出。これには正直、舌を巻いた。

そして、バストーニュの森を包む深い霧。戦場に入った後、映画の場面は常に霧に包まれて視界を遮られている。兵士たちは、霧の向こうから現れる人影を目にする度に、決められた合い言葉を交わして敵と味方を判別する。しかし、敵側にも合い言葉の情報が漏れているようで、時に敵の工作兵が破壊活動のためにひそかに潜入してくることもある。霧に包まれた森が、その不安感をさらに高めていく。まるで迷宮に入ったかのような宙ぶらりんの不安定な状態。映画はまるで抽象的な不条理劇の様相を帯びてくる。これにさらに深い霧で視界を遮られた森の中での銃撃戦や、独軍の特殊部隊との接近戦などが加えられていく。上空を飛ぶ飛行機も霧に視界を遮られて見えず、兵士たちは友軍機か敵機かをエンジン音で聞き分けようとする。この徹底した視界の遮断のために、映画の舞台となるバストーニュの森がまるで異界のような様相を帯びてくる。

この映画を一体どう表現すれば良いのだろう。確かに、そこには戦闘が描かれ、兵士たちの日常が描かれている。補充兵の若者が、徐々に戦場の中でふてぶてしい兵士へと変容していく姿も描かれる。あるいは、軍曹の代役の古参兵の成長もテーマになるだろう。しかし、そうした戦争映画の定番を超えて、映画を観た後の印象は、効果音も含めた音楽の氾濫、深い霧の中に捉えられて身動きができず時空の感覚すら喪失してしまう宙ぶらりんの状態、そしてこれまで話をしていた仲間が一発の弾丸で帰らぬ人となることを日常的に受け入れてしまう理不尽な世界である。とりあえず、この感覚に近い作家を挙げろと言われれば、ジャック・タチ、ルネ・クレール、ロバート・アルトマン、マルクス兄弟・・・と名前が思い浮かぶ。あるいは、霧と言うことであれば、テオ・アンゲロプロスの「霧の中の風景」や「ユリシーズの瞳」を加えても良いだろう。でも、どれもが少しずつ似ているけれど、この映画の不思議な感触を語るには何か決定的なものが欠けている。そんな捉えがたさが、この作品の最大の魅力かもしれない。

映画は最後、霧が晴れ渡った青空の陽光の下で幕を閉じる。映画の冒頭で提示された歌と行進がここでも繰り返される。よく考えると、冒頭、クレジット・タイトルが流れる背景に映っていた映像は実は映画の終幕に登場する映像を先取りしたものだった。冒頭に提示された主題の反復。まるでソナタ形式の音楽のような厳格な形式性もこの映画にはある。ウィリアム・A・ウェルマン監督。ネット上ではほとんど情報を得られなかったけど、とても気になりました。もう少しまとまって彼の作品を観てみたい。。。

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