グー・シャオガン監督「水江春暖」

一仕事が終わり、久し振りに映画館で映画を観たいと思ったけれど、自宅に籠もって仕事をしている間に観たい映画はほとんど終わってしまっていることに気づいた。やれやれ。新型コロナウィルス感染拡大で新作上映数が減っているんだから、もう少し長く上映してくれても良いじゃないか。。。とブツブツ文句を言いながら、とりあえず、話題になっているグー・シャオガン監督の「春江水暖」を観る。

この映画は2019年の作品。グー・シャオガン監督の長編デビュー作だが、カンヌ国際映画祭批評家週間のクロージング作品に選ばれ、東京フィルメックス映画祭コンペティション部門で審査員特別賞を受賞し、国際的に高い評価を得た。出演している俳優のほとんどがグー監督の親族だという点も話題を呼んだ。

映画は、再開発のただ中にある杭州市富陽地区を舞台に展開する。富春江の悠久の流れの側で、古い建物がどんどん壊され、新しい建物が建っていく。杭州市までの地下鉄も開通し、街はアジア競技大会の開催に向けて盛り上がっている。そんな中、老母と4人兄弟による大家族の営みが、富陽江の四季折々の美しい風景の中で描かれていく。。。

とにかく、富陽江を捉えるカメラが美しい。山水画のような深く静かな画面。それを長回しのカメラがゆっくりと水平移動しながら映し出してゆく。そして、山の斜面。夏・秋・冬・春と季節の移り変わりと共に表情を変えながら、小高い山の斜面とその中腹にそびえる樅の木が印象的である。画面一杯に広がる枝枝の間から山道を行き交う人びとの姿がかすかに捉えられる場面の静謐さ。こうした美しいカメラワークが、この作品の大きな魅力だろう。

また、現代中国を代表する様々な監督達へのリスペクトを感じさせる映画でもある。例えばそれは、エドワード・ヤンが描いた停電、候孝賢が描いた家族の集い、ジャ・ジャンクーが描いた地方都市の青春や倒壊する建物、ビー・ガンが描いた原色の部屋などなどである。グー監督が、中国映画界の先駆者達の作品をしっかりと勉強していることが伺える。もちろん、こうした引用が全体の統一性を損なうことはない。

映画は現代中国の地方都市の家族の姿を描く。時代の流れに乗った者と乗れなかった者の間の貧富の拡大、拝金主義、闇者会、老母と障害を抱えた子供の介護、母と娘の確執、家制度に反発する若者達・・・。根底にあるのは、古き良き世界が着実に失われつつあるという喪失感、そして新しい世代が価値観の大きな転換の中で直面する不安と反発。そういう意味では、80年代以降の中国監督達が広げてきた映像の革新に逆行するような保守的な映画なのかもしれない。

この作品は、デビュー作と言うこともあり、セリフで説明しすぎだったり、話が冗長だったりするところもあるけれど、僕は良質な映画だと思いました。特に印象的な場面は、老朽化して取り壊しが進むマンションの一室を描いた場面。廃墟になったような部屋をカメラがゆっくりと移動していき、やがて作業員の1人が部屋に残された手紙を読み上げる。その内容は、何も言わずに去って行った女から別れた男への別れの手紙だった。。。主人公となる大家族の物語とは異なるこうしたエピソードが物語に豊穣さを加える。美しいカメラワークだけでなく、こうしたささやかな細部が国際的な評価を集めた理由なのだろう。

ちなみに、この映画のエンディング・クレジットは「巻之一 完」となっていました。ということは、この家族の物語は、これからも続いていくということですね。まだまだ悠久の流れに乗って、現代中国の家族のリアリティを追った作品は続いていきそうです。

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