セルジオ・コルブッチ監督「スペシャリスト」

BSシネマで放映されたセルジオ・コルブッチ監督の「スペシャリスト」を見る。1969年の作品。「続・荒野の用心棒(ジャンゴ)」、「殺しが静かにやってくる」に続く、コルブッチ監督の「泥と血」三部作の最後の作品。前2作同様に、マカロニ・ウェスタンの世界を借りて、コルブッチ監督は人間の醜さ、欲得、裏切り、残忍さをリアルかつ執拗に描き出す。いつものように、彼が描く作品は陰惨で、主人公は徹底的に痛めつけられ、ボロボロになりながら敵と戦うことになる。しかも誰が本当の敵なのかは、映画の最後まで分からないのだ。。。悪夢にも似た世界。

物語の舞台はアメリカのネバダ州ブラックストーン。その町に、ハッド(=ジョニー・アリディ)という流れ者のガンマンがやってくる。彼の噂を聞きつけて、町の有力者は恐慌に陥る。ハッドの兄は町の銀行の金を盗んだ疑いをかけられて、町の人びとからリンチにかけられ殺されたため、ハッドが復讐に訪れたと考えたのだ。町の保安官リング(=ガストン・モスチン)は、ハッドを出迎え、町に入って真実を追究するのであれば銃を渡すよう迫る。保安官もまた、ハッドの兄が殺されたことを気に病み、真相の解明を望んでいたのだ。銀行の頭取で寡婦のヴァージニア(=フランソワーズ・ファビアン)もハッドに接触してくる。どうやら彼女は何かの秘密を握っているようだ。こうして、ハッドは丸腰のまま、兄の死の真相を解明するために活動を開始する。しかし、町の有力者たちは復讐を恐れてハッドを殺そうとする。さらに、かつて行動を共にしたメキシコ人盗賊団の首領ディアブロ(マリオ・アドルフ)もハッドに接触してきて、事態は混迷の度合いを深めていく。果たして、ハッドは真相を解明し、復讐を遂げることができるのだろうか。。。

不思議な映画である。イタリア・ドイツ・フランスの共同制作のため、マカロニ・ウェスタンであるにもかかわらず、セリフはイタリア語でなくフランス語。設定はアメリカ・ネバダ州のはずだが、実際の撮影はローマ近郊とアルプス山麓で行われたため、西部劇にしては珍しく緑の美しい映画となっている。そしてもちろん、深い闇。今回、放映されたのは4K修復版のため、深い緑や漆黒の闇、あるいは闇に浮かぶランプの光が美しい。暗闇からふっとハッドが登場する場面の繊細なライティングには息をのむ。完成度の高い映像である。

物語は、兄の死の真相解明にあるのだが、そこはコルブッチ監督。単なる復讐劇にはしない。西部劇なのに、なぜかヒッピー風の4人組が登場し、奇妙な狂言回し的役割を担う。コミック・レリーフのようにも見えるが、その行動は常軌を逸しており、コルブッチ監督の視線も厳しい。コルブッチ監督自身は左翼であり、この映画でも町の有力者たちの保身と利益追求の姿勢を批判的に描いているけれど、こうした有力者たちを嘲弄するヒッピー風の4人組も、同様に批判的な姿勢を貫いている。

その批判の視線は、メキシコ盗賊団にも向けられる。メキシコ盗賊団の首領ディアブロは、山中にアジトを構え、裕福な米国人から金品を強奪するのを生業としている。ディアブロは、革命の英雄気取りで、常に伝記作家を脇に従え、何かあるとすぐに彼の英雄的行動を書き取らせている。将来、メキシコ人民が革命に勝利した際には革命の英雄として認められるためである。しかし、彼が実際にやっていることは、盗賊以外の何ものでもない。ここでもまた、コルブッチ監督は革命の幻想にも否定的である。

この映画の停滞感は、たぶんこのようにすべてを否定的に捉えようとするコルブッチ監督の姿勢にあるのではないだろうか。一つ一つの場面は美しく、乱闘場面も銃撃場面も、時に挿入されるエロチックな場面も映画的魅力に溢れているのに、物語全体として見たときに感じられるどうしようもない救いのなさ。ハッドは、登場したときから「自分には仲間も友達もいない」と明言する。法の遵守を時ながらも陰ながらハッドを支援しようとする保安官リンゴには、心を許したかに見えるけれど、リンゴも額を打ち抜かれて息絶える。すべての謎が解明され、関係者がみんな死んだ後に、ハッドは、唯一、心を許した女を後に残して町を去る。その後ろ姿は英雄ではなく、すべての正義や大義に倦み疲れ、人から裏切られ続けることで人間不信に陥った孤独なアウトローのように見える。これは、コルブッチ監督の自画像なのだろうか。

陰惨なレイプ、過激な暴力、金のありかを巡って欲望をむき出しにする住民たち。最後の銃撃戦は、いつものように無敵のガンマンの鮮やかな早撃ちなどではなく、満身創痍での血みどろの殺し合いになる。さらに驚くべきは最後の狂気に満ちた場面。西部劇で、こんなパゾリーニ的な場面を目にするとは思いもしなかったので不意を突かれてしまう衝撃的な場面である。カタルシスなどは決して期待できないけれど、映画を観た後に心の底に何かがこびりついてしまったような違和感を残す不思議な映画体験だった。

余談だけど、ハッド役のジョニー・アリディは、ゴダールの「探偵」やジョニー・トーの「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」に出演していたことに気づいた。やはりゴダールもジョニー・トーもコルブッチ監督の三部作の最後に出演したこの人に敬意を捧げたのだろうか。シルヴィア・バルタンをはじめとして5人の女性と結婚し、長いキャリアを通じて歌手・俳優として活躍したジョニー・アリディの出演作。ちょっと気になります。

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