ヘンリー・キング監督「頭上の敵機」

BSシネマで録画しておいたヘンリー・キング監督の「頭上の敵機」を観る。1949年の作品。主演はグレゴリー・ペック。この映画は、アカデミー賞4部門にノミネートされ、助演男優賞と音響賞を受賞している。また、アメリカ議会図書館アメリカ国立フィルム簿に作品登録されている。アメリカ映画史に残る傑作の一つ。

物語の舞台は、第二次世界大戦にアメリカが参戦した初期の1942年の英国。アメリカ本国から英国に派遣され、アーチベリーを拠点にドイツ占領地への白昼爆撃に投入された第918航空群は、白昼爆撃という危険な任務のために疲弊し、士気は低下して「不運な航空群」と噂されていた。夜間ではなく、白昼の爆撃は目標の視認度が高く低空からの精密爆撃に適しているが、言い換えれば敵軍の対空砲火と戦闘機による反撃を受けやすいという問題がある。そんな第918航空群の航空司令キース・ダヴェンポート大佐は、兵士たちの身を案じるあまり部隊をうまく統率できなくなっていた。これを見た第8空軍司令官パトリック・プリチャード少将は、ダヴェンポート大佐を解任し、彼の親友でもあるフランク・サヴェージ准将(=グレゴリー・ペック)を第918航空群の航空司令に任命する。

サヴェージ准将は、部隊の士気と能力を高めるために、厳しい訓練と規律を課す。しかし、兵士から反発を受け、操縦士全員が転属願いを出すまでに至る。このような困難に直面しながらも、サヴェージ准将は、訓練を繰り返す中で徐々に兵士たちの心をつかんでいく。そして、ある時、部隊は初の試みとして、ドイツ本国への出撃が命じられる。成功すれば、白昼の精密爆撃の有効性が実証され、大規模な増強が可能となるが、敵の激しい攻撃が予想される困難な作戦だった。。。

いつものように、ヘンリー・キング監督の演出は聡明で的確である。戦争映画であるにもかかわらず、映画のほとんどは戦闘場面ではなく、部隊内でのドラマとなる。士気を喪失し、規律も緩んだ部隊をいかに立て直すかに腐心するサヴェージ准将。操縦士全員からの転属願いという困難に直面して対処に奔走する腹心の将校たち。そこで語られるのは、困難な状況においていかにリーダーシップを発揮し、部隊の人間たちを育てていくかというテーマである。その意味で、この映画は戦争映画であるとともに、良質なリーダーシップ論とも言えるだろう。この映画が、アメリカの士官学校でリーダーシップの基本を教える教材として利用されているのももっともである。カリスマ的で一方的なリーダーは受け入れられず、かといって個人的な関係を築きすぎると妥協して統率が取れなくなる。どのように関係を築きながら距離を置くか、どのように各メンバーが自覚と責任を持って行動するようにもっていくか。。。リーダーシップを巡る普遍的な困難とソリューションをこの映画は適切に提示している。

そして、戦争のリアリティ。決して、派手なアクションや手に汗握る戦闘場面があるわけではない。映画の大半を占めるのは、出撃した爆撃機が帰還してくる場面。出撃機のうち何機が生還するか、そして撃墜された爆撃機から乗員は無事脱出できたのかが常に関心の中心となる。中には、戦闘機の攻撃を受けて被弾し、傷ついた身体で何とか基地まで帰還する爆撃機もある。胴体着陸した機体から傷ついた兵士を救急隊員が運び出す場面の痛ましさ。出撃の度に、確実に何名かが傷つき、死んでいく。これが戦争のリアリティである。さらに映画は、戦闘ストレス反応に陥って精神崩壊に陥ってしまう者たちの姿も描き出す。戦場という極限状況では、人間の精神は極めてもろいものなのだ。こうした日常が淡々と描き出される中で、戦争の非人道性が浮かび上がってくる。

もちろん、空中戦もリアルである。空中での敵戦闘機との戦いや高射砲からの攻撃の映像は、すべてアメリカ空軍とドイツ陸軍が撮影した記録映像を使ったとのこと。実写映像だけど、ドラマ部分の映像との間に全く違和感はない。このために、戦争のリアリティがさらに増幅される。

僕はこれまで、ヘンリー・キング監督の作品として「拳銃王」、「慕情」と観てきたけれど、それぞれ典型的なジャンル映画でありながら、そのジャンルの中に人間と社会への深い洞察を提示していて印象的だった。とても知的な監督だと思う。しかも、映画自身が、厳格で美しい画面構成、白黒画面における陰影に富んだライティング、そしてリズム感のあるアクションなどに裏打ちされて見応えがある。まさに巨匠という名にふさわしい監督だと思う。BSで「地獄への道」「無頼の群」も録画したままになっているのだけど、早く観てみよう。「キリマンジャロの雪」も著作権が消滅してパブリック・ドメインになっているとのこと。多分、YouTubeで観ることが出来るだろう。彼の作品はできるだけ観てみたい。

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