ヘンリー・キング監督「地獄への道」

頭上の敵機」が気に入ったので、同じくB Sシネマで放映されたヘンリー・キング監督の「地獄への道」を観る。1939年の作品。主演はタイロン・パワー。脇をヘンリー・フォンダ、ナンシー・ケリー、ランドルフ・スコットが固める。

物語は、米国西部劇史に名高いジェシー・ジェームズ(=タイロン・パワー)を巡って展開する。舞台は、南北戦争後のアメリカ。鉄道会社が西部への鉄道敷設に乗り出し、多くの農民がわずかな代金と引き換えに土地を手放すことを余儀なくされていた。ジェシーとフランク(=ヘンリー・フォンダ)の兄弟が母と共に暮らす農場にも鉄道会社の代理人が乗り込んでくる。一度は彼らを撃退したジェシー達だが、保安官や裁判官を抱き込んだ鉄道会社の代理人が巻き返しを図り、これに巻き込まれて母親は亡くなる。怒った兄弟は、復讐のために代理人を殺し、追われる身になる。さらに運行を開始した列車を襲って乗客の金品を奪ったために、兄弟は列車強盗として多額の賞金をかけられることになる。彼らを追う保安官ウィル・ライト(=ランドルフ・スコット)は、投降すれば減刑されるとジェシーを説得する。愛するジー(=ナンシー・ケリー)のためにあえて捕縛されるジェシー。しかし、鉄道会社は再び裁判官に影響力を行使し、軍隊まで動員してジェシーを縛り首にしようとする。かろうじて難を逃れたジェシーとフランクは、ジーを伴い、逃走の旅に出るが。。。。

いつものように、ヘンリー・キング監督は、ジャンル映画に寄り添いつつ、そこに深い人間ドラマを描き出す。列車強盗や銀行強盗で悪名高いジェシー・ジェームズを巡る西部劇でありながら、そこで語られるのは、夫婦の愛、兄弟の信頼関係、そして大資本が司法や警察を引き込みながら農民達から土地を収奪して発展していくアメリカの光と影である。交通手段の発展によって繁栄する町がある一方で、せっかく切り拓いた土地を半ば暴力的に奪われて困窮する農民達。元軍人の新聞社長は、ことあるごとに社説を口述筆記させてこうした社会の矛盾を暴き出そうとするが、メディアの力はあまりにも弱い。

とは言え、ヘンリー・キング監督は、一方的に大資本を断罪し、彼らに歯向かうジェシー・ジェームズ達を英雄扱いするわけではない。最初は、義賊としてもてはやされた彼らも、犯罪を重ね、逃亡を繰り返すうちに、心まで犯罪者になっていく。その心の荒みもキング監督は丁寧に描いていく。いつも感じるけれど、ヘンリー・キング監督が映画を通じて描こうとする社会や個人のリアリティには知的誠実さを感じる。観客を喜ばせるために、もっと劇的で感情的な演出をしても良いところであえて抑制的に提示する。そのことによって、人々が抱え込んでしまった矛盾し錯綜した想いの強度がより一層深く浮かび上がるような演出。これを理解し、評価した制作会社と観客層がいたということが羨ましい。

抑制された演出であるとはいえ、他のキング監督の映画同様に、この作品でも全ての場面が映画的魅力に満ちている。特に室内場面における光と影のコントラストが素晴らしい。漆黒とも言える深い闇に浮かぶ登場人物の顔。光と影は、文字通り、この映画の基調をなしている。それは、屋外でも同様である。例えば、ジェシー・ジェームズが追手から逃れて川に身を投じる場面。川岸で捜索を続ける追手に見つからないよう、流木の陰に隠れて水中に身を潜める場面では、カラー映画なのに水がまるで墨を流したように黒く、水面に出したジェシーの顔だけが青白く浮かび上がる。一瞬の場面だけど息を呑むような美しさである。

そして、馬による逃走劇。多勢の追手を振り切るために馬を駆るジェシーとフランクの姿が何度か繰り返されるが、その疾走感が素晴らしい。ただ荒野を馬が駆け抜けていくだけなのに、その場面がもつ緊迫感と躍動感の強度は圧倒的である。しかも、キング監督は、この追跡劇に様々な映画的細部を導入することで、観客に単調さを感じさせない。のちに、「明日に向かって撃て」でも引用された断崖からの墜落シーンは、その唐突さと、観客の想像力を嘲笑うかのような途方のなさで、観るものの心を打つ。

ジェシー・ジェームズを巡る物語は、その後、様々な形でリメイクされている。ニコラス・レイ監督の「無法の王者ジェシィ・ジェイムズ」、フィリップ・カウフマン監督の「ミネソタ大強盗団」、ウォルター・ヒル監督の「ロング・ライダーズ」、アンドリュー・ドミニク監督の「ジェシー・ジェームズの暗殺」などなど。大資本と権力に対峙したジェシー・ジェームズというキャラクターの魅力が、監督達の心を掴むのだろう。

でも、同じ人物を描きながら、物語の切り口は全く異なる。本作と同じように、ジェシー・ジェームズという人間に焦点を当てた作品という点では、ブラッド・ピットが主演した「ジェシー・ジェームズの暗殺」が最も近いのかもしれない。しかし、本作が、ジェシー・ジェームズを家族との関わりから描くのに対し、ブラッド・ピット版は、むしろ暗殺者の視点から描く。そこで描かれるのは、家族ではなく、ジェシー・ジェームズと暗殺者との兄弟とも師弟ともとれるような不思議な関係である。時代によって、人物像が変わってくるという点でも、ジェシー・ジェームズを巡る物語は興味深い。

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