森崎東監督「男はつらいよ フーテンの寅」

森崎東監督追悼の第二弾ということで、レンタル・ビデオ屋を駆け回って見つけだした「男はつらいよ フーテンの寅」を観る。「男はつらいよ」シリーズの第三作目で、唯一、森崎東監督が手がけた作品。森崎監督作品としては二作目にあたる。もともとテレビシリーズの脚本を書いていたのは森崎東監督だったので、本作品は、男はつらいよシリーズの中でも突出した喜劇になっている。(余談だけど、「釣りバカ日誌」シリーズも、森崎東監督が手がけた「スペシャル」は圧倒的に面白い。やはり喜劇監督としての才能が違うのだ!)

物語は、柴又に帰ってきた寅さんを待ち受けていた見合い話と、その大騒動で再び旅に出た寅さんが湯の山温泉で巻き起こす騒動を軸に展開する。定番のマドンナは、旅館の美人女将・志津(=新珠三千代)。ちなみに、この作品はさくら(=倍賞千恵子)の出番がほとんどない点でも異色である。一作目と三作目で倍賞美津子を大きく起用したので遠慮したのだろうか。。。それから、森崎監督は、一作目の「喜劇 女は度胸」と三作目の「喜劇 男は愛嬌」の初期三作品すべてに渥美清を起用している。心なしか、渥美清も楽しそうに寅さんを演じているような気がする。

いつもの森崎作品のように、この映画でも宴会場面が圧倒的に面白い。そもそも冒頭の場面は、ほとんど誰もが完全に酔っ払った状態になっている宴会場面から始まるのだ。日本の旅館ならどこでも見かけることができるあの酔っぱらいたちの大騒動。そこに、風邪を引いて朦朧とした寅さんが登場する。隣室で寝ていたのだがあまりの大騒動に眠ることもできず、女中(若き日の樹木希林さんが演じている!)にお願いして階下の小部屋に引っ越そうとする。そこに酔漢がからんできて一同は階段を転げ落ちる。。。

冒頭から、森崎パワー全開である。森崎監督が描き出す宴会場面は、ただ見ているだけで喜劇の快楽が伝わってくる。ほんとに、みんな変なのである。わけが分からない状態で杯を交わし、酔った勢いでからみ、最後は大声で歌い始め、大乱闘になる・・・。森崎監督自身も、映画撮影中は毎晩スタッフや俳優と宴会を繰りひろげたという話だけど、本当に宴会が好きだったのだろう。

それだけではない。ここでも森崎監督の芸能好きが全開となる。冒頭、寅さんが演ずるガマの油売りから、種子島行きの連絡船の中で乗客たちに啖呵売の指導を行うラストまで、他の森崎作品同様に、ここでも歌があり、芸能があり、儀式がある。泣けるのは、元テキ屋役で出演している花沢徳衛に仁義を切る場面。テキ屋稼業で世間を渡ってきたが、病に倒れ、貧乏のどん底の中でも娘の行く末を案ずる老人に、「ご挨拶が遅れました」と言って仁義を切り始める寅さんの姿は圧倒的に魅力的である。

また、映画の終幕も印象的である。すべての騒動が収まり、例によってどこへともなく旅立ってしまった寅さんのことを語りながら、とらやの面々が年越しそばを食べていると、行く年来る年のテレビ中継画面に寅さんの姿が映し出される。カメラの前を出たそうに行ったり来たりしている姿をさくらが見つけて一同テレビに釘付けとなる。そこで寅さんにカメラが向けられ、寅さんは語り出す。

インテリというのは自分で考えすぎますからね、そのうち俺は何を考えていただろうって、分かんなくなってくるわけなんです。

つまりこのテレビの裏っ方でいいますと、配線がガチャガチャにこみ入ってるわけなんですよねぇ。

ええ、その点私なんか線が一本だけですから、まあ、いってみりゃ空っぽといいましょうか、叩けばコーンと澄んだ音がします。

殴ってみましょうか?

もちろん、この後、さらに語り続けようとする寅さんと、さっさと切り上げて次に行こうとするカメラ・クルーたちとの間で一悶着が起きるのだが、この場面には森崎東監督が追求したテーマが凝縮されているような気がする。家族の団らんから決定的に阻害された男。その男は、人寂しさからか賑わいのある場所を求めて初詣客が往来する神社を訪れる。そこで語るのは、自己諧謔も兼ねたインテリへの皮肉。。。

寅さんシリーズの定石をしっかりと押さえながら、細かいアクションとセリフの掛け合いで運動性を弛緩させることなく物語を進めていき、要所要所で自身のテーマを提示する。その鮮やかな手並みには、ただただ脱帽するだけである。その根底にあるのは、貧しい庶民に対するあたたかなまなざし。

常に移動を続ける森崎東監督が引き受けるとは思えないけれど、もしも男はつらいよシリーズを山田洋次監督ではなく森崎東監督が引き受けていたとしたら、どんな過激な作品群がうまれていただろうとつい想像してしまう。確実にお正月映画の座から滑り落ちたと思うけれど、テキ屋という生きかたを徹底的に追いかけ、社会の底辺に生きる人たちの生活のありようをすくい上げたシリーズになっていたことだろう。

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