澤井信一郎監督「Wの悲劇」
澤井信一郎監督「Wの悲劇」。薬師丸ひろ子、三田佳子が共演。蜷川幸雄さんが演出家役で出演している。音楽は久石譲。公開当時の併映作品が大林宣彦監督・原田知世主演の「天国に一番近い島」。1984年の作品だけど、80年代の角川映画の勢いを感じさせる。薬師丸ひろ子も、「探偵物語」でアイドル路線からちょっと大人のテイストへ転換し、この作品で本格的な女優路線を踏み出すことになった。記念碑的な作品。日本アカデミー賞最優秀監督賞、優秀作品賞・脚本賞、最優秀助演女優賞、優秀主演女優賞など、高い評価を得た。
この映画は、推理ドラマであり、劇中劇であり、バックステージものであり、薬師丸ひろ子と三田佳子という女優の映画であり、そして薬師丸ひろ子演ずる三田静香の愛と成長の物語である。
語りたいことは山ほどある。何より、薬師丸ひろ子が映画の中で人間的にも演技的にも成長していくのが描かれていて息をのむ。映画の冒頭近く、早朝の野外舞台で誰に見せるのでもなく、演技の練習をしている場面。正直、見ていてつらくなるぐらい下手である。そこで、世良公則演ずる森口と出会う。彼との別れ際に、2階の自室から森口にカーテンコールのお辞儀の真似をする。やはりぎこちない。この映画は一体どうなるのだろう・・・と心配になるけれど、映画がどんどん進むにつれて、演技が変わっていく。何度か繰り返されるカーテンコールのお辞儀は、薬師丸ひろ子がチャンスをつかんだ時の大舞台でクライマックスに達する。三田佳子から、「今日だけはあなたに譲るわ」とささやかれ、大歓声の中でカーテンコールに答えてお辞儀する姿は圧倒的な存在感がある。さすがは松田聖子を主演に迎えた「野菊の墓」でもこれが本当に松田聖子?と思わせる素晴らしい演出を見せた澤井監督ならではである。
そして最後、いろいろな事件が起こり、彼女は女優として新たな道を歩み始めることを決意し、森口に別れの言葉を伝える。歩き去る途中でふと振り返って最後のカーテンコールのお辞儀をする。その泣き笑いのような不思議な表情が印象的である。演技する自分とそれを見ているもう一人の自分の危うい均衡に支えられる俳優という職業を、自分の人生に引き受けてしまった者だけが表現することのできる存在感がそこにはある。カーテンコールのお辞儀だけで、こんな風に人の成長を語ってしまえるなんて、澤井監督の演出は素晴らしい。なかなか見る機会がなかったけれど、今度、原田知世主演の「早春物語」も見てみよう。