中平康監督「あいつと私」

ちょっと手持ち無沙汰になったので、BSで録画してそのままの「あいつと私」を観る。中平康監督、石坂洋次郎原作。主演は石原裕次郎と芦川いずみ。全く時代を感じさせない過激な映画。中平監督、本当にすごい。ただただ映画の喜びを堪能する。

基本的に私は、石原裕次郎はあまり好きではない。国民的俳優であることは認めるが、彼が出る映画は、どうもスピード感に欠ける印象がある。多分、「夜霧よ今夜も有り難う」や「銀座の恋の物語」のような、ムード歌謡のイメージが強いからだろう。むしろ私は宍戸錠や赤木圭一郎のキレのあるアクションの方が好きだ。もちろん、石原裕次郎に対する偏見は、彼の兄、石原慎太郎のイメージが悪いということもある。

しかし、中平康の手にかかると、石原裕次郎の重くウェットなイメージが一掃されてしまう。一つの映画で、こんなに多くのことが語られてしまうのか。石坂洋次郎のエリート意識が鼻につく物語がこれほど躍動感に満ちたものになるのか。ただただその演出の素晴らしさに脱帽してしまう。これだから、BSシネマは油断がならない。映画史における隠された傑作を再発見させてくれる貴重な存在である。

「あいつと私」は、ある有名私立大学(多分、慶應義塾大学)の一群の学生たちを巡る物語である。芦川いづみが演ずる浅田けい子の一人称のナレーションで物語が進行する。言うまでもなく、この物語の主人公は、石原裕次郎が演ずる黒川三郎である。

映画は、心理学の講義から始まる。そこで、教授の質問に答えて黒田三郎が「自分は、毎月の小遣いは2万円から3万円ほどあり、いろいろなことに使っている。時には、女性を買うこともある」と話す場面から始まる。もちろん、こんな発言を当時の女子学生が許すはずもなく(時代は、1960年、まさに安保闘争で学生たちが過激化している時代だった)、教室は騒然となり、女子学生が抗議の声を上げる。女子学生の抗議のままに教室を後にする黒田三郎。その後、彼は、女子学生のグループに捕まり、プールに落とされてしまう。ずぶ濡れの黒田三郎に、女子学生たちは一転して好意的になり、代わりの服として自分たちの服を貸してあげる。女装姿の石原裕次郎が強烈である。しかも、彼は他の男子学生に絡まれて、女装姿のまま喧嘩までしてしまうのである。

この冒頭場面だけをみても、この映画のラディカルな雰囲気がわかってもらえると思う。中平康の演出は冴え渡っている。下手をすると、ただの馬鹿騒ぎか恥ずかしいばかりの青春ものになってしまうストーリーを支えるのは、中平監督のスピード感あふれる演出である。目も鮮やかな色彩の乱舞、一瞬たりとも弛緩しないリズミカルなセリフの応酬、突発的なアクションの痛快さ、圧倒的な映画の魅力がここにある。

さらに中平監督は、過激に突っ走る。1960年代に撮られた映画とは思えないほどに、ジェンダー、セックス、政治、階級、女性の自立と重いテーマを軽やかに取り上げて、時代の常識に異議を唱える。彼のラディカルな問題提起は、当時からはるか半世紀以上を隔てた今日においても、十分すぎるアクチュアリティを持っていると言えるだろう。

中平監督は、60年安保を担った学生の偽善を徹底的に暴き出す。彼らは、正義の名の下に女子学生を蹂躙し、政治を語りながら日々の生活に追われる労働者を一顧だにしない。「あいつと私」は恵まれた環境にあるお坊ちゃん、お嬢ちゃんの学生たちの恋愛物語を隠れ蓑に、こうした社会の欺瞞を次々と暴いていく。すごい。

この映画の魅力はそれだけではない。カラーの魅力を最大限に活かした画面構成。キレのあるアクション、テンポの良い語り口、魅力的な登場人物、時にとぼけたユーモアを交えた緩急自在の演出、リアルな安保デモシーン、豪快な嵐の中の石原裕次郎と浅田いづみのキスシーン。すべてが映画的な幸福に満ち溢れている。

同時に中平監督は、そんな時代においても自立しようという女性たちに温かい目を注いでいる。浅田けい子だけではない。黒川三郎の母で、カリスマ美容師として社会的に成功したモトコ・桜井の毅然とした姿、男子学生に蹂躙されながらもしっかりと前向きに生きていこうとする金森あや子など、魅力的な女性たちが次々に登場する。そこでは、男たちはただなす術もなく彼女たちの軽やかだが一本筋の通った生き方を茫然と見守るだけである。

それにしても、映画というのは恐ろしい。少しでも、日本映画史をかじった人間であれば、中平康監督=日活ニューウェイブの一人=代表作「狂った果実」(石原裕次郎主演)程度は、常識として知っている。しかし、「あいつと私」のように、ごく通俗的な青春映画として見落とされがちな映画においても、作家主義と娯楽を両立させていることをどれだけの映画好きが知っているだろうか。これだから、映画はやめられない。次は、どんな知られざる傑作に邂逅して全身が震えるような感動に会うことができるのか。まだまだ僕の映画探究は終わらない。

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