マリオ・バーヴァ監督「リサと悪魔」
キネカ大森「夏のホラー秘宝まつり2020」でマリオ・バーヴァ特集上映を行うと知り、早速映画館に駆けつける。マリオ・バーヴァはイタリア・ホラーの黄金期を作った巨匠。僕は、黒沢清監督の著書「映画はおそろしい」や黒沢監督と篠崎誠監督の対談集「恐怖の映画史」などで、マリオ・バーヴァ監督の名前は知っていたけれど、これまで見る機会がなかった。しかし、黒沢監督が恐怖映画ベスト50に3本(「白い肌に狂う鞭」「血塗られた墓標」「呪いの館」)もノミネートしている監督である。これは無理矢理スケジュールを調整してでも見に行かなければならないだろう。
まずは、1974年にスペインで公開された「リサと悪魔」。同時期に公開されたウィリアム・フリードキンの「エクソシスト」のヒットを受け、米国公開時にはいくつかのシーンが加えられて「The House of Exorcism」として配給されたという曰く付きの作品である。さらに日本でビデオリリースされた際には「エクソシスト3」というタイトルがつけられた。しかし、エクソシスト・シリーズとは何の関係もない作品である。むしろ、文芸色豊かなホラーだと言った方が良いだろう。
物語は、リサ・ライナー(=エルケ・ソマー)がツーリストとしてスペインのトレドを訪れる場面から始まる。リサは、友人とともにツアーでトレドを回っているが、ふと耳にしたオルゴールの音色に惹かれて裏通りの骨董品屋に紛れ込む。そこには、精巧に作られたオルゴールがあった。リサは、これを購入したいと店主に申し出るが、それは売り物ではないと断られる。店にいた謎の男レアンドロ(=テリー・サバラス)に見つめられたリサは、恐怖に駆られて店から逃げ出す。レアンドロの顔が、教会で目にした悪魔の姿にそっくりだったからだ。しかし、どこで道を間違えたのか、リサはツアーのもとに戻ることが出来ず、迷路のような街路を彷徨うことになる。人影はほとんどなく、道を訊ねても答えるものはいない。そこでリサは、見知らぬ男から声をかけられる。どうやら男は彼女のことを知っているようだがリサにはまったく記憶がない。リサは男を突き飛ばしてその場を後にする。
夜になり、途方に暮れたリサは行き違った車を止めて同乗させてもらうことにする。車には裕福な夫婦と専属運転手が乗っていた。彼らは長いバカンスの旅の途中だった。しかし、車は走り出してすぐに故障し、一行は人里離れた夜の街で途方に暮れる。すると、側の大きな門が開き、謎の男レアンドロが彼らを屋敷に招き入れる。どうやらレアンドロはその屋敷の執事のようだ。屋敷には盲目の老いた女主人とその息子がひっそりと暮らしていた。一行は彼らに一夜の宿を請うことにする。しかし、屋敷には異様な雰囲気が立ちこめており、女主人もその息子もどこか様子がおかしい。さらにリサが昼間に突き飛ばした男が屋敷に突然現れて・・・。
こうして物語は、謎が謎を呼ぶ形でどんどん迷宮世界へと入っていく。闇に包まれた広大な屋敷の中で次々と起こる殺人事件。その過程で徐々に明らかになっていく過去の惨劇。その中をリサは逃げ惑う。レアンドロの怪しげな挙動がさらにその恐怖感をかき立てる。ゴシック・ホラーの定番と言うべき物語が展開されていくけれど、その印象は恐怖と言うよりもむしろ典雅と言った方がふさわしい上品さに満ちている。視覚的で直接的な恐怖ではなく、むしろ迷宮世界に紛れ込んでしまったことの恐怖がモチーフ。とは言え、物語はどんどん常軌を逸して進んでいく。そしてあっと言うラスト。一体この物語は誰の物語だったのだろうかと、観客は呆然となる。ただ、テリー・サバラスの悪魔的な哄笑が響き渡るだけだ。ホラーの巨匠にふさわしい、文芸色豊かなホラーの傑作。こういう迷宮感覚を持った映画、作ろうと思ってもなかなか作れるものではありません。さすがはマリオ・バーヴァ監督です。