ジョン・G・アヴィルドセン監督「ベスト・キッド」

BSで「ベスト・キッド」を放映していたのでつい見てしまう。1984年の作品。監督は、「ロッキー」一作目と最後の作品を監督したジョン・G・アヴィルドセン。出演はラルフ・マッチオ、ノリユキ・パット・モリタなど。「ロッキー」同様、この作品もヒットしてシリーズ化され、アヴィルドセン監督が3作目まで製作している。音楽も、ロッキーと同じくビル・コンティが担当。

いまさら紹介するまでもないけれど、物語は母親と二人暮らしのダニエル(=ラルフ・マッチオ)が、母親の仕事の都合で東海岸のニュージャージーから西海岸のカリフォルニアに引っ越すところから始まる。新天地でダニエルは早速友達が出来、彼に誘われてビーチ・パーティーに行く。そこでお金持ちの少女アリと恋に落ちるが、運悪くアリの元彼のジョニーがそこに通りかかってしまう。怒ったジョニーはダニエルを叩きのめす。ジョニーは、少年空手選手権のチャンピオンだった。その後も、ジョニー達は執拗にダニエルをいじめるようになる。アパートの管理人ミヤギ老人(=ノリユキ・パット・モリタ)は、そんなダニエルを励ます。実はミヤギ老人は空手の達人だった。ダニエルは、ミヤギ老人から空手を学び、選手権でジョニーに戦いを挑むことを決意する。。。。

どこにでもある青春ものだと油断して見始めたら思わず引き込まれてしまう。この映画の魅力は、なによりもまず語りのエコノミーにある。冒頭、ニュー・ジャージーで友達と別れて母親と二人、ポンコツ車に乗ってアメリカ大陸横断の旅に出るダニエル。その大陸横断を(きっちりモニュメント・バレーなどはカメラに収めつつ)数カットで語りきり、ついでにダニエルと母親の関係やダニエルの性格などを提示してしまう手際の良さ。カリフォルニアに到着してからも、友達が出来、ミヤギ老人と出会い、アリと恋に落ち、さらにジョニーに叩きのめされるまでもたかだか10数分で語りきってしまう。これだけで、あ、この監督、古典ハリウッドの語りのエコノミーをきちんと踏まえた監督だなと分かる。それもそのはず。アヴィルドセン監督はオットー・プレミンジャーやアーサー・ペンの助監督を務めた後、1969年に監督デビューしたという由緒あるキャリアの持ち主なのだ。

しかも、作品世界が流行をきちんと取り入れている。80年代に流行した学園ロマンスの定番をしっかり押さえ、ブルース・リーからジャッキー・チェンに至る香港カンフー映画のテイストも取り込んでいる。さらに、当時、急速に経済成長を遂げ「ジャパン・アズ・ナンバー1」として注目を集めていた日本人を主役に配し、空手だけでなく、日本庭園、盆栽、さらに宮本武蔵ばりの箸で飛んでいるハエを捕らえる場面まで入れているのだ。音楽は、ご機嫌のウェスト・コースト・サウンド。自転車は流行のマウンテン・バイク。さらに車は昔懐かしクラシック・カーと、アヴィルドセン監督は、どの世代が見ても楽しめるアイテムを映画にちりばめる。さすが、ロッキー・シリーズを大ヒットさせた監督だけあって、低予算だけどきちんと売れるものを作っている感じがする。プロの技だ。

でも、それだけではこの映画の魅力の半分も語ったことにならない。むしろ、この映画の楽しみは、常識外れの空手の訓練方法(ペンキ塗り、ワックス掛け、ヤスリ掛け・・・)や、ミヤギ老人の日本趣味あふれる暮らしなどにある。演出は緩急自在で、それほど身体能力の高くない役者に独特の動きをさせることで画面に運動性を漲らせる。夜の闇の中、何の前触れもなしに突然始まる組み手の気合いに息をのむ頃には、観客は完全にアヴィルドセン監督の世界にはまっているだろう。

しかも、ティーン向け映画にもかかわらず、第二次世界大戦中の日系人収容所が言及され、武道の習得を通じた精神修養が語られる。そもそも、この映画は、父親を持たない1人の少年が父の代わりに精神的な指導者を見いだして成長を遂げるという物語だけでなく、孤独な2つの魂が孤独さ故に惹かれ合い共鳴し合って友情を育むに至る物語でもあるのだ。ミヤギ老人が結婚記念日に亡き妻を偲んで深酔いし、米兵として第二次世界大戦に従軍した時の記憶を蘇らせたまま酔い潰れてしまう場面で、ミヤギ老人とダニエルの間に通い合う友情と思いやりは、強く見るものの心に訴えかける。やはりシリーズ化されるヒット作には、それなりの理由がある。

たぶん、アヴィルドセン監督は、ロッキー・シリーズとベスト・キッド・シリーズをヒットさせた職人監督として映画史に残るだろう。シルヴェスタ・スタローンが持ち込んだ脚本を低予算ながらもしっかりと映画に仕上げ、スタローンを一躍スターダムに押し上げた彼の功績は大きい。イタリアの種馬と馬鹿にされ、ポルノ映画への出演や用心棒で何とか生活費を稼ぎながら映画への夢を追っていたスタローンをハリウッドの大スターに育てたのはアヴィルドセン監督だった。現在も現役で、俳優としてだけでなく、監督、製作でも活躍するスタローンの栄光の影には、低予算ながらもしっかりと売れるものに仕上げる職人監督の技があった。さらに付け加えれば、アヴィルドセン監督は、「セルピコ」や「サタディ・ナイト・フィーバー」などの名作を監督しながらプロデューサーと喧嘩して降板を余儀なくされた頑固者の監督でもあった。その生き方や考え方には、少々興味をそそられる。

余談だけど、この映画は、2010年にジャッキー・チェンの師匠役でリメイクされている。主人公は、白人の男の子から黒人の女の子に代わり、舞台はロサンゼルスから北京に移された。たまたま僕は飛行機の機内上映でこの映画を観てとても気に入ったことを覚えている。ストーリーの骨格は維持しつつ、黒人の女の子を主人公にし、身分を超えた恋の物語を国境を越えた友情の物語に転換することで、21世紀的な価値観にあった作品に生まれ変わっていた。そこに、レジェンドであるジャッキー・チェンを主演に抜擢し、老いたとは言え彼の華麗な身体さばきをきちんとフィルムに定着させたところが映画好きの心をつかんだと思う。

考えてみれば、オリジナルの修行のエピソードの数々は、ジャッキー・チェンが1970年代に香港で撮り続けた「ドランクモンキー 酔拳」「スネーキーモンキー 蛇拳」「少林寺木人拳」「クレイジーモンキー笑拳」などのカンフー・シリーズから取ったものだ。起源の映画にオマージュを捧げつつ、古典を現代に甦らせるという、まさにリメイクの王道を行く作品で好感が持てた。しかも、こちらの方は登場人物みんな圧倒的に身体能力が高くて高度な技の数々を披露してくれる。こちらの方も機会があればぜひご覧下さい。

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