ディアナ・イーナン監督「鵞鳥湖の夜」

ディアナ・イーナン監督の「鵞鳥湖の夜」を見る。前作「薄氷の殺人」(ベルリン国際映画祭金熊賞・銀熊賞のダブル受賞)で、中国北部、雪に閉ざされた地方都市での連続殺人事件を巡る男と女の孤独な世界を描いて全世界から注目を浴びたディアナ・イーナン監督が、今度は雨が降りしきる中国南部の地方都市での犯罪者の世界を描いた。ここでもやはり、犯罪と逃亡の物語でありながらもその主題は、孤独な男と女の邂逅と別れ。ハードボイルドの定番ではあるけれど、それをイーナン監督は、独特の映像美で描いていく。

物語は、バイク窃盗団のチョウが縄張りを巡るもめ事に巻き込まれ、混乱の中で誤って警官を射殺してしまうところから始まる。威信をかけて犯人を捕まえようと大々的な捜査網が敷かれる中、チョウは自分に懸けられた報奨金を妻に渡そうと画策する。しかし、妻は約束の場所に現れず、妻の代理と称するアイアイという見知らぬ女がチョウを待っている。アイアイは、リゾート地の鵞鳥湖で水浴嬢と呼ばれる娼婦だった。チョウは、アイアイの手引きで警察や対立する窃盗団グループの追跡をかわしながら妻に報奨金を渡すために奔走する。しかし、アイアイは本当に信頼できるのだろうか。。。。

前作の「薄氷の殺人」と対照的に、「鵞鳥湖の夜」では、色彩が氾濫し、アクションが炸裂する。静から動へ。イーナン監督は、ガラッとスタイルを変えて新たな映像世界を切り拓こうとする。夜の屋台街で突然繰りひろげられる追跡劇と銃撃戦の躍動感。あるいは老朽化した集合住宅内で繰りひろげられる逃走劇。対照的に、夜の湖上で束の間、憩いの時間を過ごすチョウとアイアイの静謐な場面。アイアイが湖面を愛おしげに撫でる手だけを切り出した印象的なカット。拳銃のアップ。カーテンに隠されて足だけを出した女。サーカスで壺から首だけを出した占い女、ネオンサインに照らされた壁を横切る追跡者の影・・・・。すべての映像がスタイリッシュで印象的である。ウォン・カーウェイやジョニー・トゥの香港ノワールの記憶を濃厚にたたえつつ、フレンチ・ノワールのテイストも失わない、そんな魅力的な作品に仕上がっている。

ただ、難を言えば、新作はビジュアルに走りすぎた結果、人物の造型が深まらなかったという印象が残る。アイアイをファム・ファタールにするにはあまりにも見た目が良い人過ぎるし、彼女の行動の動機もわかりにくい。謎の女になりきれていない。色彩設計も、同時代のビーガン監督を意識しすぎである。大量に配置された私服警官の恐怖もごく表層的なものにとどまっている。それがイーナン監督の才能の限界なのか、それとも共同制作であるフランス側の意向だったのかはよく分からないけれど、流行の映像スタイルにシネフィル的な細部をまぶして器用にまとめるのではなく、より自分の世界観を深掘りしていってほしい。いずれにせよ、中国の新たな才能には今後も目を離せそうにない。次回作が楽しみである。

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