藤井仁子編「森崎東党宣言」

藤井任子編「森崎東党宣言!」を読む。力作。森崎東監督への愛があふれる本であり、それはそのまま映画への愛にも満ちている。森崎監督の作品に触れて、その面白さをきちんと形に残しておきたいという熱意が詰まった作品。その具体的な形が脚本「男はつらいよ フーテンの寅」準備稿の掲載。森崎東監督が唯一、監督した寅さんシリーズであり、もちろん全シリーズの最高傑作でもあるこの作品の準備稿を見ると、映画化された寅さんが色褪せるほどの過激な魅力にあふれた作品になり得たことが伺える。松竹という大資本で、山田洋次という共産党員でありながらごく官僚的な職業映画監督が確立した(しかし、森崎監督が脚本家として参加したことの意義はいくら強調しても強調しすぎることはない)このシリーズで、森崎監督が出来たことは限られていた。それが映画の可能性をいかに狭めてしまったかを考えるとつらい。

とは言え、本書は、森崎東監督の魅力を知る上で貴重な情報にあふれている。例えば、森崎監督の脚本術。あれだけ面白い作品を作り続けた監督がこだわった脚本術はただひとつ。現実に取材すること。森崎監督は、脚本家にいつも「それは本当にあったことなの?」と問いかけていたそうだ。脚本家が頭の中でこしらえたセリフなど、どんなに洗練されていてもたかがしれている。それよりも現実に生きている人間の生のセリフと生のエピソードが大切だ。その脚本術は、そのまま森崎監督の作品づくりにも反映されている。森崎監督は、決して物語を抽象的な空間に置かなかった。映画は常に現実世界の中にある。どんな物語も、抽象化された瞬間にイデオロギーと化す。その怖さを第二次世界大戦の経験で思い知っている森崎監督は、常に物語を現実世界の中に置いた。それによって生まれる葛藤や転調。それこそが森崎監督の作品の魅力の根幹となっている。

そして、兄、森崎湊への想い。森崎湊は、極めて優秀な人物で、満州国の建国大学を卒業し、航空隊に所属していたが、敗戦直後に割腹自殺を遂げた。彼はなぜ自死したのか、ということが森崎監督の中でずっとわだかまっていた。これは、例えば、「黒崎太郎の愛と冒険」における割腹自殺や、「田舎刑事 まぼろしの特攻隊」における櫻の木の下で特攻兵が女学生と交わるブルーフィルムを撮影し続ける男など、繰り返し森崎監督の作品に現れるテーマである。

「疑似家族」、「糞便」、「家の破壊」、「落下するご真影」、「大宴会」、「税務署」、「ストリッパー」、「ヒモ」、「沖縄」、「権力への反逆」・・・。森崎監督作品に通底する様々なテーマの背景が監督自身の口から語られていく。この徹底的に権力に抗い、庶民のための喜劇を取り続けた偉大なる作家の神髄に触れることが出来る貴重な本である。森崎組の常連である倍賞美津子や大楠道代のインタビューがあり、さらに藤井仁子自身による画期的な森崎東論がある。こんな充実した映画の本はなかなかないだろう。戦後日本映画史において、圧倒的に面白い作品を作り続けたテンサイ監督の魅力に触れる貴重な一冊。ぜひ多くの人に読んでほしい。

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