是枝裕和監督「海街diary」

かなり以前にBSシネマを録画したままにしていた是枝裕和監督の「海街diary」を観る。綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずが主人公の4姉妹を演じ、加瀬亮、樹木希林、リリー・フランキー、風吹ジュン、大竹しのぶらが脇を固める。カンヌ国際映画祭出品作品、日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀撮影賞、最優秀照明賞他を受賞。

実は僕は是枝監督が苦手である。カンヌ国際映画祭の常連監督であり、良質な作品をコンスタントに作り続けている点でリスペクトはしているけど、正直、観ていてつらい。「幻の光」は美しいけれど冗長に過ぎ、「歩いても歩いても」は樹木希林が素晴らしかったけれど説明的にすぎ、「海よりもまだ深く」は演出のあざとさに途中で断念した。「三度目の殺人」はよく出来ていると思ったけれど最後の福山雅治と役所広司の対面の場面があまりにも演出過剰でしらけてしまった。

ひとことで言ってしまうと、僕は彼の作品の「これみよがしの演出」が気に入らないのだと思う。もちろん、世の中の映画の大半は、是枝監督の「これみよがしの演出」にまで達しない作品がほとんどだから、これは理不尽な言いがかりだとはわかっている。多分、多くの人は、僕が気に入らないところを逆に評価しているのだろう。でも、こればかりはほとんど生理的な反応だからなんともしようがない。

ということで、「海街diary」も手つかずだったんだけど、今回、きちんと観てみて良い作品だと思った。理由はいくつかある。ひとつは、吉田秋生の原作だということ。思えば、1990年の中原俊の「櫻の園」以来、久しぶりの吉田秋生原作映画。しかも映画は、吉田作品の持つ女達だけの世界をきちんと再現している。これは見ていて心地よい。次に役者。広瀬すずが存在感を示し、夏帆が良い味を出している(それにしても、彼女の演技力はすごいと思う。一作ごとにこれだけキャラクターを変えることが出来る役者は珍しいのではないだろうか。)。だから綾瀬はるかや長澤まさみの演技が浮つかない。これは良いコンビネーション。さらに、リリー・フランキー、樹木希林、風吹ジュン、大竹しのぶがうまいのは言うまでもない。是枝組は俳優に恵まれていると思う。最後に、4姉妹が暮らす古い家のたたずまい。21世紀に撮影された日本映画とは思えない程、丁寧に古い家を撮影している。黒光りした柱、中庭に面した縁側、四人で囲む炬燵、今時珍しい障子の張り替えや梅酒のつけ込みやぬか床の維持などの細部が愛おしい。おそらくは小津映画を意識しただろう、鎌倉の坂道や古い家の外観なども自然に描かれている。

多分、吉田秋生のしっかりした原作世界があり、4姉妹を演ずる女優がそれぞれの個性を発揮していて、しかも魅力的な舞台が用意されていたことが、この映画の成功の要因だと思う。様々なエピソードが積み重なって万華鏡のように広がっていく中で、4姉妹それぞれが、それぞれの心のわだかまりから解き放たれて少しだけ前向きに歩み始める映画。あるいは、そのような心の隙を埋めるために居場所にこだわり、その居場所を少しでも暖かいものにするためには手間を惜しまない女達の物語。

これだけでも愛おしいのに、そこにさらに、ふと二人の男女が同じ方向に視線を向けることで心を通わせる小津的な構図や、あるいは釣り竿を振る何気ない仕草が父から娘へ、さらに彼女が思いを寄せる男性へと密やかに模倣されていくことで紡がれる慈しみの連鎖や、ふと食堂で口にした料理の味から想起される父の過去、母から娘へ、あるいは祖母から孫へと伝えられるカレーの味、はるか離れた異郷で暮らしつつ実家に思いを馳せるために父がしばし訪れた高台からの光景と同じ光景を実家の裏山に見いだした時の感動・・・。言葉には出せないそのような食事や光景やふとした仕草が、一見するとバラバラになってしまったかに見える家族をつないでおり、登場人物は時間をかけてそのつながりを見つけ出し、忍耐強く回復させようとする。それはまた映画的細部の魅力でもある。

今回は、心の底から是枝演出が気に入りました。嫌がらずに他の是枝作品にもトライしてみよう!

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