ソフィスティケーティド・コメディ特集Ⅳ

どうしても逃したくなかったので、シネマヴェーラの「ソフィスティケーティド・コメディへの招待」最終日に駆け込んで、エルンスト・ルビッチ監督「街角 桃色の店」を観る。1940年の作品。主演はジェームズ・スチュアートとマーガレット・サラヴァン。この作品は、映画史上の名作として高く評価されており、1998年にトム・ハンクスとメグ・ライアンのコンビによる「ユー・ガット・メール」でリメイクもされている。もちろん、リメイク版では手紙ではなくEメールによる恋に置き換えられている。

物語の舞台は、ハンガリー・ブタペストの雑貨店。クラリック(=ジェームズ・スチュアート)は有能な店員でオーナーのマトゥチェックの自宅夕食会に呼ばれるほど信頼も厚い。彼はまだ若く独身だが、新聞広告で知り合った娘と文通しており彼女に恋をしている。仕事ではオーナーに歯に衣着せぬ意見を言うクラリックだが、女性関係はシャイでいまだにその文通相手と会うことが出来ないでいる。そんなある日、クララ(=マーガレット・サラヴァン)という娘が店にやってきて雇ってくれと言う。クラリックは断るが、クララは巧みな接客でマトゥチェックに認められて採用される。クラリックとクララは相性が悪く、店内ではいつも言い争いをしている。そんな中、クラリックはついに文通相手と会うことを決意するが、デートの当日、クラリックは突然、マトゥチェックに解雇されてしまう。。。

ルビッチの洗練された笑いを堪能できる名作である。ほんのちょっとしたガジェットや仕草が思いがけず笑いを誘う。例えばそれは、開けると「黒い瞳」が流れるオルゴール付きの葉巻入れ。このオルゴールが要所要所で登場しては、笑いの種を蒔き、ストーリーを進める鍵となる。

映画の冒頭、オルゴールの仕入れを巡る対話でクラリックとマトゥチェックの関係が明らかになり、さらにこのオルゴールをうまく客に売り込むことでクララは店に雇われることに成功する。クラリックが文通相手と初デートを約束した日に邪魔をするのも大量に売れ残ったこのオルゴールだし、さらにはなにかとマトゥチェックに取り入ろうとして店の者たちから嫌われているヴァダスが店を追い出される時にはこのオルゴールの山に突っ込んでしまう。そして、ほとんど壊れてしまったオルゴールの最後の一台が誰の手にプレゼントされるかを巡って映画はクライマックスの場面に入っていく。本筋とは全く関係ないのに、オルゴール一つでこんなに映画が豊かになる。古き良き時代の洗練された脚本と演出。

もちろん、出演者も素晴らしい。ジェームズ・スチュワートがとにかく若い。生真面目で仕事熱心で、でも女性関係には自信が持てないシャイな男を好演している。「文通相手と会って、もしも美人だったら相手にされないと思うし、美人でないとがっかりだし。中ぐらいがちょうど良いんだけど、どうなるか分からないから会うのが怖いんだ。」なんてぐだぐだ言う優柔不断な役はジェームズ・スチュワートならでは。クラリックの友人としていつも相談にのってやる苦労人のピロビッチも良い味を出している。彼は、さりげなく恋の橋渡し役になってくれる。しかし、ピロビッチはなぜかマトゥチェックが店の者の意見を聞こうとする度に、さっと雲隠れしてしまう。どうやら彼には、過去になにか意見を言って酷い目に遭ったトラウマがあるようだ。店の者たちから嫌われているヴァダスは、絵に描いたような嫌みたらしい優男で、とにかくマトゥチェックの歓心を買おうと歯の浮くようなセリフを連発する。やはり嫌われ役はこれぐらい説得力がないといけない。

そして、クララ役のマーガレット・サラヴァン。恋に恋する乙女であり、売り上げNo. 1の敏腕店員であり、ジェームズ・スチュワートに対しては教養あふれる辛辣な言葉を投げかける才女でもある。それが1人の女性の中で同居しているところがすごい。何より、辛らつな言葉を投げかけても愛らしさを失わない魅力的なキャラクター。そして、他のルビッチ作品同様に、彼女もまた映画の途中で気絶してしまう。正統なルビッチ女優ならではの、この気絶場面が本当におかしい。

多分、この映画の最大の見所は、最後の場面。既に映画の中盤でクラリックの文通相手が誰かは明らかになっているから、観客の関心は、どのタイミングでどうやってクラリックがその文通相手に愛を伝えるかにある。そこにサスペンスが生まれる。映画の最後、店の中でクラリックは照明を一つ一つ消していきながら、何とか自分の正体を明かして彼女の愛を獲得しようと微妙な会話を続け、徐々に2人の距離を縮めてゆく。誰もが、青春時代に一度は経験したことがある、あの甘酸っぱくドキドキする体験が繊細な照明と対話の中で進行していく。その微妙な駆け引きを観客はドキドキしながら見守り、ハッピィーエンドの結末に胸をなで下ろす。極上の映画体験でした。

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