瀬木慎一著「画狂人北斎」

今年は、葛飾北斎生誕260周年。新型コロナウィルスさえなければ、今頃は各地で様々な企画展が開催されていたはずなのだが、この数ヶ月の緊急事態宣言で多くの展覧会の開催が遅れてしまった。とりあえず、モチベーションを維持するために、瀬木慎一さんの「画狂人北斎」を読む。初出は1973年なんだけど、なかなか面白くてつい読みふけってしまう。

僕は不勉強で、北斎については、もっぱら岩波文庫の「葛飾北斎伝」と何冊かの展覧会カタログ、それに杉浦日向子さんの名著「百日紅」ぐらいしか読んでいない。北斎という人は、絵の才能もすごいし、その生き様もまた尋常ではない魅力的な人なんだけど、本書は、彼のエピソードの一つ一つをしっかりと考証して事実を明らかにしていこうという姿勢に貫かれていて共感できる。わずか260年前に生まれ、90年の生涯を送った偉大な画家なのに、意外と史料が残っていない彼の生涯を丹念に追った名作。こういう本を読むと、人はいかに歴史と向き合うべきかを真剣に考えさせられる。歴史とは、教科書に書かれているものでもなければ、時の政権が自分の思う通りに決めてしまえるものでもない。様々な史料を発掘し、専門家がその妥当性を検証して行く中で徐々に確定されていくものなのだ。改めて襟を正される気がする。

それはともかく、本書を読んでいると改めて北斎の偉大さに圧倒される。鎖国下にある江戸時代の画家であるにもかかわらず、貪欲に西洋絵画の手法を学び、油絵、遠近法、銅版画、明暗法・陰影法などの技法にトライした北斎。浪の研究をするために銚子に赴き、滞在中はひたすら海岸で浪の写生を行った北斎(この成果は、後の傑作「富岳百景 神奈川沖浦波之図」に結晶する)。「70歳までの画業は取るに足るものはなく、73歳になって少し禽獣虫魚の骨格や草木の出生を悟ることができた。80歳で益々進み、90歳で奥義を究め、100歳で神妙の域に達し、110歳で一点一画にして生けるごとしの境地に達したい」と絵画への思いを語り、90歳で大往生する際にも、「あと5年あれば真正の画工となれるのに」と言い残して死んだ北斎。まさに画狂人にふさわしい生涯だった。

本書が指摘しているように、北斎という人は、鎖国下の日本にあって、日本という枠組みを超えた天才だった。だから、彼の評価はまず海外からなされたのも当然だと思う。西洋画の技法をきちんと踏まえた上で、これを独自の画法で描き続けたのだから、その作品には普遍性があったのだろう。しかも、彼は狩野派のように師伝来の見本を真似るのではなく、自然や風景に向き合い、これをいかに写実するかを考え続けた。そこに彼の偉大さがある。

ああ、また北斎の絵を見たくなった。とりあえず、今抱えている仕事が一区切りついたら、岡田美術館で開催中の「北斎の肉筆画」展に駆けつけなければ。。。

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