ラウラ・シタレラ監督特集:迷宮の物語、あるいは自由であり続けること

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ユーロスペースの特集上映を見逃してしまったラウラ・シタレラ監督特集上映。シネマリスでの最終上映に駆け込む。こんなすごい映画だったとは!今回も、最終上映の機会を提供してくれたシネマリスに感謝である。

ラウラ・シタレラ監督は、アルゼンチンの女性監督。エル・バンペロ・シネというインディペンデントな映画制作集団の一員として映画を作り続けている。予算は驚くほど少ないが、作品は豊かだ。映画のクオリティは、制作費とまったく関係ないということに改めて気づかされる。

以下、簡単に作品の印象を書き留めておく。

オステンデ

映画は、ラジオのクイズ番組の懸賞でホテルを訪れたラウラを巡って展開する。週末には恋人も合流する予定。それまでの間、彼女は所在なくホテルやビーチで過ごすことになるが、やがてホテルに滞在している男ひとりと女二人のグループに目をとめる。どうやら、この三人の間には何か確執や秘密があるようだ。彼女は、ヒッチコックの「裏窓」のジェームズ・スチュワートのように、この三人組を観察しはじめる。そこには何か犯罪の気配すら感じられるのだ。。。

焦点が絞られた望遠レンズで捉えた画面が何度も登場する。人物以外の背景はピントが外れてしまいほとんど形をなさない。そこに映し出された人物も、ひとたび焦点を外れてしまうとぼんやりとした人影に変わってしまう。ラウラが見つめる三人組の男女も、このピント外れの空間で曖昧な動きを見せるだけだ。彼らは談笑しているのだろうか、諍いをしているのだろうか?この不安定で曖昧な画面が、映画全体に迷宮のような感覚をもたらす。

さらに、物語は複層化していく。ラウラになれなれしく語りかけるホテルのボーイは、映画監督志望だと名乗り、ラウラに自分の作品の構想を語る。それは不穏な暴力とタブーを予感させる物語だ。それに誘われるように、ラウラ自身も、三人組の男女に関する物語を想像しはじめる。彼らの関係は何なのか。今、起きようとしていることはどんな犯罪なのだろうか。こうしてこの映画には、いくつもの語りが錯綜しはじめ、さらに迷宮感覚を増していく。。。

こうした謎は最後まで解き明かされない。さらに謎が積み重なった上に、映画は長いエンディングで波音と共に闇の中に消えていく。それはまるで、立ち上がった物語が再びその起源へと回帰していくようにも見える。

ボルヘスのような迷宮感覚に満ちた傑作!

ドッグ・レディ

ブエノスアイレス郊外で、犬に囲まれて暮らすホームレス女性を描いた作品。

とは言え、そこには貧困や悲惨さはまったく感じられない。彼女は、狩りや採集生活で食糧を確保し、ちゃんと犬たちに食べ物や水を与え、自分もしっかり食事をし、さらに冬が近づけば廃材を使って居心地の良い「住居」を作り上げてしまうのだ。

それはまるで、現代社会に紛れ込んだ野生人。映画は、そんな彼女の生活を淡々と描いていく。そこには、ただ自然と共に生き、自由で、独立していて、犬たちを心から愛する生活がある。彼女が、犬たちを引き連れて草原を横切っていく姿や、「住居」のベッドで犬たちに囲まれて午睡する姿が何度も映し出される。その姿は現代社会に降り立った女神のようだ。

もちろん、生きていくためには様々な困難がある。時には嵐が襲い、ずぶ濡れになった彼女は熱にうなされることもある。また、どうしても手に入れられないものは人から盗むしかないだろう。病気になれば、ちゃんとした服に着替えて病院での診察も受けなければならない。さらに、悪ガキたちの襲撃には、手製のパチンコで反撃することもある。彼女は、それを淡々とこなしていく。

さらに彼女は、近くに捨てられた犬たちの面倒も見てやる。老いて病気になり、飼い主に車で運ばれて置き去りにされた犬に食事を与え、側に寄り添ってやる。そして、この犬が死んだときには哀悼の意を表することも忘れない。

映画は最後、犬たちを引き連れて草原を横切っていく彼女を遠景で捉えた長回しで幕を閉じる。そこには、映画の神様が降臨したとしか思えない、奇跡的な場面が描かれる。いったい、なぜこんな場面が撮れてしまったのだろう。そこには人や動物やモノや自然の境界が溶け去り、融合した世界の姿が映し出されているようだ。

傑作!

トレンケ・ラウケン

2部構成で4時間を超える上映時間の作品。とは言え、まったく飽きさせることなく、観客はこの物語に引き込まれる。2023年カイエ・デュ・シネマ誌ベストテン第1位にふさわしい作品だった。

物語は、アルゼンチンの片田舎トレンケ・ラウケンで、一人の植物学者ラウラが姿を消したことから始まる。彼女の行方を二人の男が追う。一人は恋人、もう一人は彼女とトレンケ・ラウケンで行動を共にしていた男。探索行の過程で浮かび上がる謎は、更なる謎を呼び、物語は迷宮へと入っていく。

女性の失踪の物語が、いつしか男女の密かな愛の物語へ、そして謎の生物の物語や、謎のカップルの物語へと変容していく。それに伴って、物語の語り手も変容を遂げる。男たちの回想、隠された手紙が明らかにする物語、放送局に残されたテープ・・・。同じ出来事が何度か反復され、そのたびに出来事の意味が微妙に変容していく。

観客は、ただその語りに身を委ね、物語の中に入っていく。それぞれの語り手に自己を投影していくうちに、やがて観客自身が物語の登場人物のひとりとなり、自分自身の物語を語り始めてしまうような不思議な感覚にとらわれる。

そして、印象的な風景。アルゼンチンの果てしない草原を歩き続ける妊婦のイメージが強烈だ。妊娠や放浪という主題は、やがて他の登場人物にも拡散して、女たちの密かな連帯へと発展していくだろう。取り残された男たちは、何が起きているか分からないままに、解けない謎を追い求めることしかできない。

夢のような宙づりの時間がなんとも心地よい傑作でした。

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