
現在、国立西洋美術館で開催されている「ターナー展 崇高の絵画、現代美術との対話」展は、ターナーの作品を「崇高」をキーワードに読み解こうという展覧会。テート美術館がキュレートし、世界中を巡回している企画展だけに、解説も構成も充実している。さらに、ターナーの作品に触発された近現代アーチストの作品も展示するという好企画でした。
なんと言っても、オラファー・エリアソン、マーク・ロスコ、リチャード・ロング、バーネット・ニューマン、ヴォルフガング・ティルマンスなど、錚々たる作家の作品が展示されているのです。これは必見!
後期ターナー作品の謎
ターナーの作品を観たことがある人ならお分かりいただけると思いますが、正直、彼の後期の作品は何が描かれているのかよく分かりません。その典型的な例が、今回も展示されている「荒海とイルカ」です。何度も見ている作品ですが、いまだにどこにイルカがいるのかよく分からないのです。

ターナーは早熟な天才で、当時としては異例の若さでアカデミーへの加入を認められています。その画力は、初期の風景画や、中期の海洋画を見ても明らかです。だから、後期の作品の「わかりにくさ」は、決して彼の画力が劣っていたためではないはずです。
80年代に日本で開催された回顧展では、この「わからなさ」の理由としてターナーが老境にいたって視力を失った結果、こうした作品になったというまことしやかな説明がなされていました。私も当時、この説明に妙に納得したことを覚えています。また、同時代の批評家や画家たちも、ラスキンなど一部のターナー信奉者を除いて、皆ターナーの作品に批判的だったそうです。たしかに、こんな風に何が描かれているかよく分からない作品を見たら、普通の感覚の人は戸惑いますよね。
ターナー評価の変遷
ところが、19世紀末に印象派が登場すると一転して評価が変わり、ターナーは印象派の先駆者として脚光を浴びることになります。ターナーは、光を描こうとした画家であり、モネなどに大きな影響を与えたとされたのです。確かに、例えばターナーの「雨 蒸気 スピード」や「ノラム城 日の出」のような作品を見ると、モネの作品かと錯覚するような印象があります(ちなみに、印象派の画家たちは英国の画家ターナーの影響を基本的には認めていません。)。

(今回は展示されていません)

(今回は展示されていません)
さらに1960年代、MOMAが開催したターナーの回顧展では、当時、アメリカで大きな影響力を持っていた抽象表現主義の先駆者として、ターナーは再々評価されることになります。確かに、後期ターナーの「わからなさ」はほとんど抽象画の世界です。また、ターナーの作品を前にして感じるある種の崇高な感覚は、当時「抽象的崇高」を掲げていた抽象表現主義の画家たちに通じるものがあります。その意味で、MOMAの回顧展は、ターナーの評価を変える転機になったと言ってもいいでしょう。
余談ですが、展覧会でも引用されているように、抽象表現主義の画家のひとりマーク・ロスコは「ターナーは自分の作品から多くを学んだようだね」とうそぶいたということです。もちろん、これは彼なりの先駆者に対する敬意の表れだったのでしょうね。実際、ロスコはまるでターナーの作品に対するオマージュのように、同じような作品を制作しています。


「崇高」を軸にした再評価の試み
このように評価が変遷してきたターナーですが、今回の展覧会ではそれを「崇高」を追求した画家として改めて位置づけようと試みています。その視点は、とても興味深いですし、そのためにテート美術館でもなかなか目にすることができない色彩実験のための習作が展示されているのは、本当にありがたいです。カタログの解説も充実しています。
「崇高」は、当時の英国思想家エドマンド・バークがその著書「崇高と美の起源」で論じた概念です。バークによると、崇高とは「圧倒的な恐怖や危険を伴いながらも、身の安全が確保されている時(あるいは適度な距離があるとき)に感じる、引き裂かれるような強い感動や畏敬の念」を指す美学概念です。
ターナーは、バークの崇高概念に大きな影響を受けたそうです。なるほど、ターナーの絵に繰り返し登場する嵐の海、難破する船、それを安全な陸地から見守る人々という構図は、まさにこの「崇高」概念を絵画化したものと言えそうですね。

ただ、ターナーがすごいところは、この「崇高」の表現を、単なる絵画的主題に限定せず、絵画そのものを通じて表現しようとした点にあります。後期のターナー作品では、もはや嵐や難破船は登場せず、ただ海と浜辺と雲と大気が光と共に描かれます。あるいは、それは霧や霞で朦朧とした山や湖の場合もあるでしょう。
ターナーはこうした画題の中に、まさに「崇高」を絵画として表現するための工夫を重ねました。そこでターナーは、絵の具を塗ってはナイフで削るという作業を繰り返し、さらに色彩と形態とマチエールの最適な組み合わせを追求するための試し塗りを繰り返しました。そのために、ゲーテの色彩論を踏まえながら、独自の色の組み合わせを通じて何が表現できるかの色彩実験まで行っています。後期の作品の「わからなさ」は、これだけの工夫を重ねた結果、到達した境地だったのです。ここにターナーのすごさがあります。

この世界の神秘を描くために
この世界の背景に潜む神秘、あるいは超越的存在の臨在の気配。そうしたものを絵画として表現するために、当時、宗教画家たちは聖なる存在を図像として表象し、ロマン主義の画家たちは壮大な自然を圧倒的な迫力で描き、象徴主義の画家たちは夜の闇に潜む怪異や魔を想像力豊かに描きました。いわば絵画的主題を通じて、世界の神秘に迫ろうとしたと言っても良いでしょう。
これに対し、ターナーは異なる道を歩みました。荒れ狂う海、吹きすさぶ風、暗雲などの背景に潜む昏い力の予感。あるいは、霞や霧ですべての輪郭が曖昧となった風景に偏在する太陽の光。明確な形を取らないけれど、絵の前に佇んでいると確かにそこには何かが臨在していると感じさせるような絵画。それは、絵画そのものを通じて、あるいは色彩と形態とマチエールを通じて、世界の神秘に迫ろうとしたと言えるかもしれません。
抽象絵画の登場の1世紀以上前に活動していたターナーにとって、おそらくそれ以外のアプローチはあり得なかったのでしょう。それは風景画の形式を取りながらも風景画を超え出ていくというユニークな試みでした。
たぶんこれからも、ターナーの作品は、様々な切り口を通じて「再発見」され続けるのだと思います。ターナーは常に新しく、常に斬新であり続けるでしょう。
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